自分自身に耐えられるか

いろいろと
手を変え品を変え
ワークやエクササイズを
やっているけれど、

とどのつまりは、

「私は、私自身に耐えられるか」

ってことをやっているんですね。

「あの人が嫌い」
「●●が恐い」
「〜〜がどうしても許せない」

とか、

「日本の社会は、~がダメ」とか、

本を読んだら読んだで、

「内容はいいけど、翻訳がまるでダメ」とか、

うん、うん、
そうなんだね。

それから、

「楽しいという感情を表すことが苦手」とか、

「身体でなに感じてるか?。。。わからない」とか、

いろいろな言い方で、
聞こえてくる。

やはり、
手を変え品を変え
表現されている。笑

そんな時、
何が起こっているんだろう?


ワークの場面で
実験しているのは、

「自分は、自分自身に耐えられるか」

ってこと
なんですね。

つまり、

普段
起こっているのは、

「あの人」やら何やらの「対象」という刺激によって

自分自身の中に起こってくる、
「何か」
と、出会うことが、
耐えられない。
ということが起こっています。

実のところ。

そして、
この避け方は、実に巧妙!

一見、知的。

(これは、お一人お一人が編み出して稼働させているシステム。
これはこれで素晴らしいです。ほー!と唸ります。
これにも敬意を払いたいです。)

話を戻します。

その、嫌だ、嫌いだ、耐えられないと
言っている「対象」は、
単なる「刺激」に過ぎない。

実際に嫌だ、嫌いだ、耐えられない、のは、
「私」自身
なわけですね。

すごく生身な自分、
ということかもしれません。


そんなことを、
手を変え品を変えて、
ワークショップや、
エクササイズという構造を作って、
安全に、優しく、ゆっくり、
ステップを踏んで、
触れていくわけです。

探求しているわけです。

実は。


そして、

(じぶんに出会うのが)
「耐える」
とか、「避ける」べきこと。

から、

知る

に、変わって

興味がわいて

もっと知りたくなって、

知れば知るほど、まだ先がある。

ドアが開くと、そこに広大な地平が広がっている
ことに気づいて

さらに、
開拓していく

へ、
変化するかもしれないです

そして、
更に、繰り返していくことで

現実の日常で、
何か、自分に不具合が起きると

「自分自身が拡がる兆しだ」と、
認識するようになるかもしれません。
(実際は苦しい局面であるかもしれませんがね)

そして、
ワークという機会を活用することを選択して、

そしてまた、
人生に戻り、

また、ワークする


気づけば、
自分が、自分に、少し慣れている

気づけば、
嫌いだったあの人へ向いていた注意が
あれ?それている。

というより、
あの人を一つの絵画の作品でも眺めるかのように
見ている自分に気づく。

そして、
気づけば、
自分自身が、自分に、くつろいでいる。

頼もしい自分がここに居る

もしかすると、
声のトーンも、一段低くなっているのに気づく。

声の出所が、身体の少し下の方からになっているのに気づくかも。

もしかしたら、
声を出すときに、準備しなくても
呼吸をするように、自然な発声をしているのに気づくかも。

こんな風に
なっていくには、
ちょっと時間を要するかも知れないけど、

ゲシュタルトの
アプローチによって
それは、着実な歩みとなっている。

ゲシュタルトの
探求するグループの中での
シェアによって、
他人の中に自分を見ることによって、
変化、変容、が、より受け入れやすいものに
なっていくかも知れない。

変化が起こるとき、
変容が起こるとき、
成熟の過程、
成長の過程、
では、サポートが必要です。

これは、赤ちゃんの成長と同じ原理。

それがあると、
安心してプロセスに任せていくことが
できる。

そして、
赤ちゃんの時のように、
養育者である必要はない。

他人でOK。

むしろ、他人だからこそOKの時がある。

それが、大人の成長の時。

誰にサポートしてもらうか、
自分で選ぶことが出来る。

それが、大人の成熟の時。

それらすべてのことひっくるめて、
成熟化のプロセス
というのだと
私は、思っています。

そんな、成熟化のプロセスの
お手伝いが出来ることが
私の幸せです。

私自身も、一人の探求者として
探求をご一緒させていただいています。

有難いことです。

あ、そうそう、

もう一つ触れておかなくちゃいけないことは、

こういうプロセスが、一直線に進むわけではないし、
その時点時点では、これがプロセスの一地点であるなんて
わかるはずもない。だから、仲間の存在や
もしかしたらセラピストからの映し返しが
何よりの確認になる。

そして、
冒頭の部分に
少し戻るけれども、

一旦は、思いっきり誰かのせいにしてみることも
お勧めする。

嫌いな、憎らしい、相手をそこに見立てて、

どなってみる、
罵倒してみる、
なじる、

「お前のせいだ!」と言ってみる。
「大嫌いだ!」と言ってみる。

(その対象と見立てた座布団)を
ひっぱたく、蹴っ飛ばす、
お好みなら階下へ落とす、などなど
思いつく限りの拷問をしてみる。

身体を使って
自分自身の筋肉を動かして

こんなことが、すごくすごく必要なこともある。
ワークの時に、そんな衝動が起こるなら、絶賛おすすめしますよ。

これは、自分のパワーと共にいる感覚を思い出すのに
最高に良い体験となりますから。

もっと言うと、
これを、実際に、生き物にしては欲しくないのです。
人間でも動物にも

クライアントさんを、犯罪者にしたくない。

それから、もちろん、自分にもです。

自分にもです。

自分の手が、自分の腕をつねっていたら、
目の前にある、誰かに見立てた座布団にその手を移動してみて
そこで、同じ事をしてもらいます。


これらのことは、「疑似」ではあるけれど、
やってみればワカルよ。

ゲシュタルトのワークは、
こんなふうに行います。


やっぱり、文字では伝わらないか。

ワークの場でお会いしたいです。






個人セッションでお会いできたらうれしいです。



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by masumihug | 2018-07-03 20:44 | 個人セッション

わたしを知って、わたしを生きる。神奈川県藤沢市にて、心理セラピーを行っています。ホームページこちらです。 https://kiku-therapy.jimdo.com/


by masumihug