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カテゴリ:個人セッション( 226 )

の記事の続き を 書きます。


今回は、殺人をして自らも自分を殺した人に対しての
世の中の論調に変化を感じています。

激しい断罪ばかりではない ように見えます。

私は、それを見て 人々が 自分の想像を使っているように感じます。
想像を使って、感覚を感じることを許しているように思います。

自分自身の中にも かすかに痛む部分がある人が
それを無視しないで 表現出来る世の中になってきている兆しを
感じています。

もちろん、人の命を奪う行為は 罪であることに間違いはないです。

命を差し出すことになった お二人の優しさには
ただただ圧倒されます。

ご冥福をお祈りします なんて言葉は 私の分際では
とても言えないほどに 高潔さを感じています。
これは、私の勝手な 想像ではありますが。
 

そして、私に出来ることはないか?
ゲシュタルトの文脈で、この領域で
私に何か出来ることがありそうに思います。

そんな感覚が 自分にあるのに気づく ことから
書いてみたいことがあります。



脳内のせめぎ合い についてです。

信頼出来る他者との関わり合いのない環境で、
つまり、正確な映し返しのない あるいは 
どんな映し返しも絶った状態の中では

自分だけで自分自身の尊厳を守り切ることは 難しい時があると思う。
本当に、ここに 己のこの身体に 守るものがあるのか? 
自分にそんな価値があるのか?
手応えがなくなってきます。

ここまで、前の記事に書きました。

自分自身の尊厳、
自分自身への信頼、
自分が信じている自分の価値、

ほんとうに 見失い易い。です。
本当に 簡単に 手放します。

そのうち、証拠を見せろ!と 自分が自分を脅迫し始める かもしれません。

自分への信頼 を 持ち続けることが 危うくなってくる時です

だけど、一方で 確かにある(はずだ)! の声も聞こえている。
か弱く。

その二つの声 が 自分の頭の中でせめぎ合う
疲弊する。

このせめぎ合いを、止めるには
自らの命を絶つこと以外にない という
考えが 出てくることが あるかもしれない と 想像します。

なんで想像するか と 言えば
私自身 しょっちゅう そうでありました。

私に起こる ということは
他の 少なくない人々にも 起こることだ
と 考えます。


その時に まったく見逃していることがある
と 言ってみたいんです。

せめぎ合いに 道を譲る ってことです。


どうしても起こってしまうことなのなら、それに場所を与えることが出来る

プロセスの邪魔をしない という 姿勢が ゲシュタルトの文脈にあります。

それを、なくすことや 止めることに 躍起になって 疲労困憊し
一向に 好ましい変化がないのだったら。

その「疲労」が、検証する時 を教えてくれている
と言えるかもしれないです。


そして、
疲労は 人の判断力をさらにさらに削いでいく

疲労は 休みの時であって 判断の時じゃない わけです。

そんな状態で、一世一代の判断をするべきじゃない


せめぎ合い なんて もう 十分にやり尽くした って
言うかもしれない

けれど
あなたの頭の中でやっていたのなら
実は、それは、やり尽くしてはいない
まだ出来ることがある

一人二役では 不十分なのだ

せめぎ合いの 両方に その一方一方に 十分な表現の時間と場所を与えたか?
ということなんです。

ゲシュタルトのアプローチでは
ここにやり方を持っています。

どうせ一世一代の決断をするのなら、
これをやってからにするのはどうか
と 招待を出したいんです。

あなたの そのせめぎ合いには 意味がある 
それを 尊重してみる それに出会ってみる 
それが起こっていることは 間違っていない
だから、繰り返し繰り返し起こるのだ

あなたは、それを 長年 脳内でやっていたのかもしれない

脳内で、そのせめぎ合う勢力を 一人二役で お互いに打ち消しあっていたとしたら?
他の可能性があるよってことです

そのそれぞれの言い分を 十分に表現させる機会を持つこと
それぞれの持っている感覚を 十分に体験すること
そして、出来たら その両者が対話をすることです

40年もの間、打ち消しあって いたのなら、その会合は
一足飛びには 難しいかもしれない 

40年間夫婦喧嘩をしてきた二人 って感じかもしれない

相手を突破することを目的とせずに
ともに座れるか
それぞれが、「私」という主語で 表現出来るか

それぞれの一方が モノローグで語り始めるかもしれない
それに十分に時間を取ることが出来ると思う

たくさんのエピソードが 語られる かもしれない

「私」が 生き延びる為の工夫と努力 
「私」が 局面局面で払ったリスク 判断の経緯 
それは、まさにあなたの歴史 でもある

そして、もしかしたら 
参考にした 誰かの 言葉 があったかもしれないし
折に触れて サポートとしていたものの存在があったことにも触れるかもしれない

自分自身の中に、よすがとなるような
島を築いていくことが出来る


外の世界と関わることは
ものすごい刺激なんです。

その刺激を受けて、自分自身の中で大きな反応が起こる
自分自身の中なのに 相反する意見が 鳴り始める 
めちゃくちゃに同時に ピアノの鍵盤が押されるように

その反応に 当の自分が耐えきれない ことは よくあること

でも、その鍵盤一つ一つ に 居場所と言い分 が ある はず
一つ一つ に 近寄り 出会ってみる ことが出来る

少し練習が要る でも
自分自身とのコンタクトの仕方を練習することは 助けになる
自分が 生きていく時の 自分が自分に出来る助けです

これは、どんな人にとっても
練習が必要な場所だと思います。

最初から出来る人はいないわけです。
生れながらの部分じゃないとこなんです。
人生をやっていきながら 習得していく領域なんだと思います。
人類は、そのように出来ている ようです。

私にとっては、練習可能な場所なのだ と 知れたのは
朗報でした。

ゲシュタルトを作った フリッツ・パールズが言う
「成熟化」 の道筋 です。

私は、この今回のこの出来事は
今の日本の社会が学べること、深められることを
教えてくれると感じています。
同時に、人々の意見や振る舞いを見るにつけ
そんな成熟へ向かう社会の兆しを感じています。

私の信じるゲシュタルトを通じて 私もまた
社会と関わっていきたいと
思いを新たにしています。

ふぅ〜
呼吸 を します。

ありがとう




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by masumihug | 2019-06-02 13:01 | 個人セッション

あなたの怒り

自分の席に座る ことも
自分の呼吸を 思い出すことも 
できないとき
がある

そんな ときには
同時に、

怒りで 自分の頭の毛が逆立っている 
ときかもしれない

同時に、お腹の底にある
いつもは、おき くらいの小さな炎 が
勢いを持ち始めていることにも気づく

同時に、恐らくは 
たくさんの感情が入り混じっている
ときかも しれない

ただ、今は、
怒り だけ を感じたい
と 思うかもしれない

自分の中の 怒りに 火を点けて
炎にして

もしかしたら
誰かへ向けて 砲火 したくなる

それは、行きずりの 関係ない誰か でもいい
あるいは、もしかしたら
目の前の 大切な存在に 向けてしまいたい 

そんな 自分に気づくかもしれない

あるいは

その火を 自分自身に向けて 
自分を焼き尽くしてしまいそう

入り混じる 他の感情 もろとも
私は、私を 焼き尽くしてしまいたい 

そんなことは 良いことだとは もちろん思ってない

だけど、
この 炎 を 
どうしたらいい?

確かに ここにあるんだ
あるのが わかる

火を消すのか?

いつものように?

飲み込んで
歯を食いしばって

大量のジャンクフードと一緒に?
あるいは、
強い お酒 か


同時 に

生きる は 続いている

私は、生きて いる


今、この炎が必要なんだ

いま 私には、この炎が必要なんだ 

と、言ってみる?



あなたが、実際に誰かを
傷つける前に 

もし それが、不本意であると 気づいているなら

あるいは、いつも、関係ない誰かに悪態をついて
情けなくなる のを知っている のなら

あるいは、
いつも 目の前の そばに居てくれる存在を傷つけて
罪悪感がやってくるのを知っている なら


いま、自分をサポートすることが出来ないか? と
探すこと に興味がありますか

いつもとは 別の方法 を 試してみることに
興味はありますか 


例えば、

もし 
そこに
座布団があれば 
クッションでも (タオルだっていい)

それを、ちょうどいい場所に置いて

そこに、今 あなたの
怒りの 対象になっている 存在 を 座らせてみよう

それは、特定の人間 かもしれないし
もしかしたら、概念 かもしれないし
ある種の 名前のついた集団 かもしれない

なんでもいい

それを そこに置いて みよう

そして、そこへ向かって
あなたの 炎を 砲火 する

怒鳴ってみる 

拳で 殴って 
罵りの言葉を 放って欲しい

口は なるべく開けておいて (あなたの口の中を切らないように)

時々、呼吸をして (酸素は、あなたを助ける どんな時も)
自分の安全を確保して

そして、
そばに 怯える人がいないか 確認して
あなたの安心を確保して

いまは、誰も傷つかない 怪我しない
文字通り そんな環境を 作ろう

そして
思い切り、あなたの権利を行使しよう

あなたの怒りは、あなたのものだ

あなたの怒りに許可を出そう

「私は、怒っている」

と 目の前の座布団(に座っている存在)へ 言おう

いまは、伝わるように伝えよう

シンプル だよね

身体 の感覚に許可を出そう
身体 の衝動に 許可を出そう

あなたの あらゆる 表現に 許可を出そう 

自分自身の怒りの力に 触れよう

それとなって みよう

その怒り を 顔に持ってくると?

歯を剥き出して 鼻の穴が広がって 
恐ろしい形相 を いまは 許そう 

それとして 存在してみる

もし、自分の拳が、自分の太ももを打っているのに気づいたら、
座布団の方を打って

自分の身体を 差し出さない 方法を やってみよう

いまは 怒り そのものになる とき
怒られる方 からは降りて

口は、開けておいて
時々、呼吸して

もし、疲れ を 感じたら
一旦停止をして 呼吸しよう

自分のカラダを傷つける機会ではない


目の 力も使ってみよう

その対象 座布団を 目で 睨んでみよう
あるいは、
どんな あなたの目の使い方があるだろう

あなたの目 に 力があります
それを
思い出そう

鼻息も助けてくれるかも

出てくるもの
何であれ、ないことにしないで

狼のように 唸り声が 出てくるなら それも いい

鼻息 を 出そう

心拍 を 感じよう 

鼻水
よだれ

出てくるもの ないことにしないで

様々な 言葉 
汚いことば 
歯が浮くような ことば もあるかもしれない

口に出して 試してみよう
一つ 一つ

いま、自分の中のどんな 存在にも 居場所をあげよう

いまは、出てくるものはなんでも 存在して 
対象へ向かって 表現 することが出来る

十分に 時間を使おう 機会を使おう

悪態と 罵詈雑言と 不動明王ばりの逆鱗の表現 を
体験してみよう
味わい尽くすこと いま すごく大事だ

しばらくやったら
もしかしたら 

その座布団の対象へ、
もし、 要求 が あることに気づいたら 
それを 言ってみよう

私は、あなたに 〜〜 してほしい。

私があなたに言いたいのは、〜〜〜 だ。

と、伝えてみよう

なんども 言ってみることが出来る。

自分の ニーズに 触れてみよう
少しずつ

口に出して 試すかもしれない

言葉に まだならないなら 無理しないで

身体で 何かを体験しているはず 
それを優先しよう

呼吸 に気づこう
それで 十分

その いま 起こっていることに信頼をおこう

きょう すべてを やらなくていい
また 機会はいくらでも ある


そして、
もしかしたら

あなたが、今まで、自分自身の怒りと
どう付き合ってきたか
にも
思いを馳せて みることもできるかもしれない

あなたは、
自分自身の怒りを使って
自分を立ち上がらせた ことを思い出すかもしれない。

集団行動の中で、
あれ?何か違う気がする とき

どこか自分を不当に扱われた ような気がする とき

自分の境界線の内側へ、勝手に 土足で 侵入されている と感じたとき

かもしれない


はい と 手を挙げて
「私 意見があります」
「私 言いたいことがあります」

と、しっかりと 自分の主張を 相手に伝えた 
その経験を思い出すかもしれない


あなたには、
あなた自身の「怒り」の力 がある。

あなたは、あなたの「怒り」を 
自分のものとして使う
力を持っている。

そして、その力を使ってきた。

あなたは、その自分の力の強さをよく知っている。

だからこそ、その力で、自分にとって大切な存在たちを
焼き尽くしてしまうことのないよう
その使い方に苦心してきた。

葛藤してきた。

工夫してきた。

少なくとも 工夫しようとしてきた。

それを、認めよう。

あなたは 怒りを持っている
あなたは 怒り を使うことが出来る

あなたは、怒りを 安全に 出す ことが出来る


そして、
怒り と 要求 を 見分ける ことが出来る

あなたには、要求がある 
そして、
怒りが ある

そして、
怒りについて いくつかのエピソードを持っている
かもしれない

この私の怒りには、歴史がある と 言う
かもしれないね

それを、聴いてもらえる機会を
作ることも出来る

誰に 聴いてもらいたい?

別に 慰めが欲しいわけじゃない
同情もいらない

ずっと、たった一人で格闘してきた
あなたの怒りのドラマ 

安全に、初めて 誰かと 一緒に 見ることが
出来るかもしれない

それは、きっと いい機会だよ

そのドラマは、きっと 納得できるものだよ

もしかしたら、その時 あった
あなたの ニーズ に 触れるかもしれないね

怒りがもの凄過ぎて 「私」の ニーズに手が届かなかった
かもしれないね

そのニーズが あまりに ささやか だったのかもしれないね

ささやかだけど 手に取ってみると
確かさ を 感じるかもしれないね

いま 初めて 自分のニーズに 触れよう

そして それと共に 居る 感じを 十分味わおう
そこで 呼吸してみよう
そこで 目を使ってみよう 周りを見渡してみよう

なにが 目に入る?

どんな感じが する?

慌てないで 



怒り
と 同じくらい よろこび も 感じたい あなたを知っています。

怒り
と 同じくらい 無邪気にふざける あなたを知っています。

怒り
と 同じくらい 胸を熱くする あなたを知っています。

色とりどりの あなた が いることを知っています。

誰かに 誤解される恐怖を 取り除いて 
自分の怒り と 出会う 触れる 
それに 表現する 機会を 与える

同時に
自分自身の 自分の怒りへの誤解も ある でしょうか

それは、ただの悪者じゃないよ

あなたを 助けてきてる
あなたの 命を 多分 これまで 随分と救ってきてる

そんな、頼もしい 炎だよ

今まで、
生きてきて ありがとう
炎の使い手である あなた

確かに 手を焼く 相手だよね 
自分のもの(自分の怒り)なんだけど

だけど
随分あなたも熟練してるはずだよ

何年も一緒にいるからね


それを 確認しよう

もしかしたら、いつか 
セッションの場で
安全を確保して
あなたの 探求にご一緒出来たら
嬉しいです。

ありがとう




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by masumihug | 2019-05-09 19:59 | 個人セッション
日常を
一旦停止して
ただ
自分自身とともに居る
やさしくやさしく 

厳しくする必要など
まったく ない 

急ぐ必要も ない

比べる対象も ないです

何かを達成しようとする必要もありません

こんなふうに、
自分自身と
「出会う」という方法があります。

「対話」する という方法があります。


もし、今まで
自分自身と戦っていたとしたら、

確かに、戦う というのも
出会い方の一つのあり方 ではあります

それにも一理ある

そして、
もしかしたら、そろそろ別の やり方の存在に
あなたは、気づいているのかもしれないです。

それが、あなたのニーズを満たすことに貢献すると
どこか知っているあなたもまた居ることに
気づいているかもしれません

ゲシュタルトの場は
実験の場です

試してみることができます

よろこんで 共に居ます
とても興味深く 共に居させていただきます


時に、自分自身に圧倒されるかもしれません。
どこから手をつけていいのか。
そもそも出会える相手なのか。(自分なんだけど)

今、すでに、どこかに触れています。
すでに、始まっているところからなら、たやすいです。

そして、
それは、あなたが今を生きていく時助けになります。

なんでかといえば、
自分を一番よく知っている人をチームメンバーに迎えていくプロセスだからです。

自分自身といいチームになる


自分自身と出会っていくことがそれに貢献します

自分のこと、

よーく知っているようで、

実はまだまだ見逃しています
見くびっているし
誤解している可能性があります。

どこへも行かず、
いまここで、
ゆっくりと時間を使って
やさしくやさしく 出会うことが出来ます。

自分自身の中に発見があるはずです。


起こってくること には 意味があります。
どんな存在にも セッションの場では 居場所があります。

どんな存在にも 表現する機会があって
それを聴いてもらえます

ちょっと待って タイム! も言えます

この機会に全部をやろうとする必要もなく
その日に出来る楽なところまでにして、また次もあるって
わかった状態で、ゆっくり出会うことが出来ます。

何も、やり損ねてはいない

ゲシュタルトのセッションは、
こんなアプローチです。

一口にゲシュタルトと言っても、いろんなゲシュタルトが世の中に存在しています。

少なくとも、珠美の作る(作ろうとしている)ゲシュタルトの場は、このようです。


どの人の中にも、必ず健全さがあります。
それは、信頼できるものです。
だから、私は、安心してファシリテートしています。



自分自身の敏感さを叩きのめすことなく、
それを、自分に備わる正確なセンサーとして信頼していけるよう

自分自身の恐れを、賢明さとしてチームとなっていけるよう

「そのままの私」に触れる瞬間をたくさん持てますよう
それは大きな力となります

あなたのその真面目さを、真摯さを、
自分自身の誇りに思えるよう

あなたのそのやさしさを、誰かに向けるように
ご自分自身へも向けることを思い出すよう

願いながら
ともにいます。

何より いま 生きているあなたが
すでにそのあらわれであるわけだから。

あなたの歴史 あなたの文化 
あなたの経験 あなたの知恵

その塊が あなた

お会いできたら 光栄です。



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by masumihug | 2019-04-26 06:35 | 個人セッション

誰かと居るを学んでいる

ゲシュタルトを学んで

私が、ゲシュタルト的な文脈で
生きるということをプラクティスをしてきて

思うことは

「誰かと居る」
を学んでいるのだと
いうことです。

これに気づくとき、同時に、
それまでの私は、
「誰かと居ないで平気でいる」
訓練をしてきた

と、気づきます。

「一人で生きる」というより

「誰かと居ないで平気」なように矯正する訓練
「誰かと居ないで平気」なふりをする練習

をしてきたなぁと思うんです。

これは、
結構出来るようにはなります。だけど、
これは、
私が、この世界に生まれてきたときに持っていた
動機とは反対なんだ。

だけど、
「諦めないといけない」

諦めることで、
命をつなごう

と、思ったんです。

それも、
認めます。

生き抜くために、
いっとき、大事な動機を脇に置く時間帯があった。
他の選択肢にも気づけなかった。

そして、
生きてきた。

生きて、
ここに辿り着いた。

そんなふうに思っていた。

そして、
辿り着いた場所で、
周りを見まわす機会を得ることが出来ました。

そして、
ゲシュタルトを手に取った。

世界を変えるより
世界を嘆くより
世界に唾を吐くより
自分自身を見ていく方法があると知った。

同時に、自分自身のことをいかに知らないか
ということを知りました。

生き抜く知恵と力、
を、知らないうちに身につけていると気づきました。

そして、
そうして、やはり、気づくのは、
私の深い深い奥にある動機は
「誰かと居たい」であったと気づきます。

だからこそ、生き抜いてきた。
のだと、思えます。

どこかに、方法がある。
無いわけがないと、何処かで信じていた自分を知ります。

この、人の奥深くにある「動機」は、
その人がどんな状況、状態にあっても変わることがないようです。

自分自身を見ていくとき、
変わっていくもの に気づくと同時に、
変わらずにあるもの の存在に気づきます。

本当に、人間一人の
力、知恵、
それを動かす生命力 
の力強さに圧倒されます。

クライアントさんとの出会いで、本当に震えます。

これが、必ずあるのを知っているから、
人のプロセスに絶対的な信頼を置くことが出来ます。

状況が扉を開けてくれてます。
向き合う場所を教えてくれてます。

いつ向き合うか、
どう向き合うか、
は、完全に任されています。

人生は、本当によく出来ているなぁと
感心します。

私のことに戻ります。

そして、やっぱり
「誰かと居る」を学んでいる。

それを、脇に置いたことなど、
ひとたびもなかったんだ
と気づくんです。

文字通り、それを誰かと共に学べる時があったらラッキー。

そして、
それぞれの人が、それぞれ一人、
自分の人生を生きていて、そして学んでいる。
そんなふうにして生きている。ことに間違いはない。
それは、事実。

ふりをすることでも、
平気でいる練習をすることでも、
ない。

この世界で一人一人それぞれに生きている
それは、事実なんだから。

学ぶべきは、
「誰かと居る」の方だろう。

今は、もっと具体的になって
「誰かと関わる」になっています。

そして、「ダメだ」って自分にダメ出しして
自分に退場命令をしていると思っていたのは、
関わり方の試行錯誤だったのだ。と、気づきます。

この世界から「退場せよ」と言われたわけじゃない。
そう意味付けしたのは、この私自身だ。と、気づく。
その言葉は、この私の言葉だ。

私は、私に唾を吐いていた。

だけど、
そこへ辿り着くのには、
それに気づくには、
一周回る必要があったのよ。私はね。


笑ってくれて、ありがとう。

いまは、そんなふうに
自分自身を知ることをしている。

何年も、こうやって私は私自身とのワークをしてきたけれど、毎回毎回、私は私を発見する。

これは、有難いです。
よろこびです。







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by masumihug | 2019-03-05 12:20 | 個人セッション

焦りと嫉妬

ゲシュタルトを作ったフリッツ・パールズは、
たくさんの、とってもシンプルな素晴らしい言葉を残してる。

確か、「ゲシュタルトセラピーヴァーベイティム」にあった
言葉だったと記憶しています。

多くの人が、「自己イメージの実現」と、「自己実現」を混同している

正確じゃなくてすみませんが、
このような表現がありました。

端的に、的を得ていて、初めてその部分を読んだ時
私に刺さりました。

理想の私
理想のストーリー

目論見やシナリオ

自分では根拠があって立てている目標

目標があるから、頑張れる。

はずなのだけど、
実のところ、あるのは目標に近づいている実感ではなくて焦燥感。
頑張れば頑張るほど、虚無感。
焦燥感に駆られて、思い切って起こした行動の後に、後味の悪さ。

周りを見回すたびに、誰かが何かしているのを見るたびに、
嫉妬が湧いてくるのに気づく。

そんな自分に気づくと、慌てて蓋をする。

見て見ぬ振りをする。

挙げ句の果てには、

もう一度、家に帰って目標を作り直しだ!
なんとかマップを描き直そう!
なんとかさんのセミナーへ参加しよう!
神社へお祓いに行こう!
先祖のお墓参りに行った方がいいのかな。
満月の夜にお財布を振るといいらしい。

自分が実現したいことそれ自体にエネルギーを注ぐことよりも
それよりだいぶ遠いことにお金や時間やエネルギーを費やして。。

焦りに薪をくべている。
ことに気づきますか?

焦りを炎上させているだけ。
行動するのが恐いから、炎上を起爆剤にしてロケットを発射させている?

その「恐さ」にとどまらないようにしてる?

「行動するのが恐い」が、間違ってないとしたら?


A 自己イメージの実現
自分が作り出している理想の自分になる

B 自己実現
自分自身でいる

字ズラだと、大したことないように感じるかもしれないのだけど、
この違いはとてつもなく大きいです。

Aの中にいることに気づかずに、
自分では、Bをやっていると思っている人は多いかもしれません。

Aの中で、本当に真面目に真剣に頑張っている人は多いと思います。
だけど、やればやるほど、Bを叩きのめしている可能性があります。

つまり、生身の自分自身をやっつけ、削り、実際に身体を犠牲に
することが起こっているかもしれません。

何か、「後味が悪い」感じがあります。

だけど、真剣に真面目に脇目も振らずに頑張るぞ!と思っていますから、
この「後味の悪さ」をないものにしてしまうかもしれません。

「後味の悪さ」
「違和感」

これは、本当に大事です。

それから、

恐怖感 も、とても大事です。

躊躇 も、とても大事です。

身体に感覚があるはずです。

正確に伝えてきてくれています。


そこに、立ち止まることは、「一直線にできるだけ早く走りたい!」
と、思っている時には、なかなか出来ないもんです。
わかります。

でも、
これは、どんなことにも言える至極一般的なことだと思いますけど、

長年努力しているのに、手応えがない。
描いた成果が得られてない。

のなら、検証してみる必要があります。

つまり、一旦停止して、何が起こってるんだろう?と、
見てみることが出来ます。

掃除機をかけていて、全然吸い込まないな〜と感じたら、
スイッチをOFFにして、ノズルを覗き込むのとおんなじです。

何かが詰まっているのなら、それを取り出せばいいのだし。
バッテリーの関係かもしれません。

何か、異音がするのに、変な匂いがするのに、
五感を閉じて、思考停止して、
無理やり続けるのは違うかもしれないとわかります。

話を元に戻すと、
掃除機でも電子レンジでもなく、
自分自身なので、
自分自身に聴くことが出来ます。

意外と、聴いていないことに気づくかもしれません。

最初は、対話に慣れる必要があるかもしれません。

実は、自分自身との対話のやり方をわからないだけかもしれません。

でも、なんにしろ、
一旦停止をして、どこへ行くのでもなく、自分に耳を澄ませます。

その恐怖感、後味の悪さ、躊躇 にとどまるんです。
つまり、自分自身にとどまるんです。

自分が、自分に伝えてきていることがあります。
これは、非常に具体的です。正確です。
当たり前です。自分なんですから。

ただ、自分と居ることに耐えられなかっただけかもしれません。

自分自身に耐えられるか。
って記事も書いています。

実のところ、ただそれだけなのです。


自分自身のニーズを探求します。
この過程で、
このトリックにも段々気づいていくようになると思います。

自己イメージ実現のニーズなのか、
自己実現のニーズなのか、
区別がつくと、
焦りや嫉妬が水蒸気のように蒸発するのを見るかもしれません。

なぜ、こんなことを書いているかと言えば、
私自身が辿ったプロセスだからです。

あなたが、自分自身の真面目さを自分にとって
価値あるものとして誇りに出来るはずなんです。





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by masumihug | 2019-01-17 02:26 | 個人セッション

2019年のはじまりに



新年あけまして
おめでとうございます。


あなたがあなたでありながら
世界と出会っていくときに

あなたがまず出会うのは
生身のあなた自身

自分自身と向き合う
なんていうと
ちょっと構えてしまうけど

あなたがなにで
どんな色で、どんな歴史を持っていて
いま どんな感じがしているか

何に心を砕くのか
何を大事にしているか

どんなときに
心から身体から安心するのか

どんなときに
いきいきとするのか

そんなとき、
何がともにあるのか

詳細に詳細に
知っていく

あなたが、あなた自身を
まんざらでもないと思うはず

あなたが生きた軌跡そのものが
あなたの血や肉になっていることに
気づくはず

あなたの頼もしさに気づくはず

大人になってからの成長は、
10代の頃のような成長とはちょっと違う

だけど、それを土台に、それを材料に、していけることに気づけたら
それは、「成熟」という次元に触れている可能性がある

今年も、ゲシュタルトの気づきの時間と場所を
ご一緒できたら嬉しいです。

ことし、
なんであれ
ご縁があって
お会いできたら光栄です。



〜〜

1月4日金曜日から
セッションを開始しております。

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by masumihug | 2019-01-02 18:05 | 個人セッション
この前の投稿は、
終わってなかった。

きっかけになったこの記事のタイトル
は、最後に疑問符「?」が付いていた。

「女性ばかりを狙う「ぶつかりおじさん」は、ストレス社会が生んだモンスターなのか?」

だから、これに
返事をするとしたら、

「いいえ、それは、
自分の中に生まれるもの。」

「自分の中にあるもの」

「だから、あなたのもの」
「当然、それは、私の中にもある」

「それに、どんな名前をつけるか、
どう育てるか、は、あなたに責任がある」

この場合の「責任」は、
”誰のせい”って意味じゃない。

あなたの力をあなたがどう使っていくか、
あなたに委ねられている。という意味。

その力の源泉に触れる時間をたくさん取りたい。

反発や、恐れ、にその力を振り向けてたとしたら、
勿体無い。

でも、そういうことはよく起こる。

もしかしたら、小さいときに身につけたクセかもしれない。

そうであることに気づくなら、今の大人の自分にその振る舞いが
必要か、検証してみることが出来るかもしれないよ。

もしかしたら、もうふさわしくないかもしれないよ。

その力の源泉へ、手を伸ばしていく機会を作りたい。
なんどもなんども。

あなたの、心からの願いや、思いがそこにあるはずなんだよね。

こんな大事なことなんだけど、
人は、すぐに忘れてしまう。

すぐに手放してしまうんだよね。

だから、なんどもなんども、
そこに触れる機会を作ることがいいよね。

そんな機会を、自分が自分に与えること。
それが、自分を大切にすること。
何よりも、優先したいことだと思う。
ときに、勇気が要ることでもあると思う。

あなたにとって、それは、何になるでしょうね。






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by masumihug | 2018-12-28 22:50 | 個人セッション

2019年1月4・5・6日

2019年1月4・5・6日
個人セッション可能です。

新しい年が明けたばかりの
ちょっと特別な時間帯のような気がするんですが、

そんなときに、
探求をご一緒できましたらうれしいです。

くださいませ。

午後1時〜夕方までの時間帯とさせていただきます。

もし、お時間のリクエストがおありでしたら
それも併せて教えてください。

あ、特別な時間帯だからと言って、
ワークの内容を気にする必要などありませんよ。
念のため書いておきます。

ゲシュタルトらしく
その場で起こってくること
起こりたがっていること
時間と場所をたっぷりと
差し出していけたらと
思っています。

ゲシュタルトが初めての方も
知ってる方も
ぜひ、どうぞ。

新年に、あなたさまとお会いできますことを
願っています。






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by masumihug | 2018-12-18 20:30 | 個人セッション

ハーモニー体操ご感想

『ハーモニー体操のご感想』

を更新しました。


ブログに書いてくださった方がいらっしゃいました。


嬉しい。


許可を得て、掲載させていただきました。

ご協力に深謝です。




いつも思うことだけれど、

セッションやワークショップに、おいでになるみなさまは、


ウェブサイトを見つけてくださって、

ご自身のセンスを信じて、

新しい体験に飛び込みに来てくださる


そんな方々との出会いによって

私はいま、生きている。


よく考えてみれば、

それは、すごいことだ。


「あれ? 数年前、思い描いたことが

ここに起こっている。」と、気づきます。


はっ!とします。


私もまた、自分自身を信じて

自分自身を根拠にww

飛び込んだってワケでもあります。笑


だから、

出会うクライアントさんたちと、

どこかふっと、似たところを

感じることがあるのだね。


それは、私個人のお腹の中で

よろこんで、口に出すのは、しないけど。


クライアントさんの方が、ずっとずっと賢いから

敏感に感じ取っておられるのでしょう。

きっと、バレているのでしょう。笑


そうです、私もまた人生を探求する

旅の途上の者です。


旅の途中で、皆様とご一緒できること。

それはそれは、旅人にとって光栄なことです。


ありがとう。


下に、ハーモニー体操の

ご案内を載せておきます。


よかったら、遊びにいらしてください。


現在は、ハーモニーのグループワークではなく、

個人セッションのみ行っております。




〜リリースと気づきのワーク〜

ハーモニー体操(個人セッション)


世界一やさしいアプローチで、

いつのまにか、カラダがラクになっている。

いつのまにか、優雅でしなやかな動きを身につけている。

そして、こころからリラックスしている自分に気づきます。

キーワードは、ハーモニー♪

寝っ転がって、目を閉じて、

少しぽか~んとして、

リードの言葉に添って、

ゆっくりやさ~しくカラダを動かしていきます。

身体とコンタクトをとっていきましょう。

重力に抗わず、床とさらに仲良くなっていくと、

徐々に主導権は身体へ移っているのに気づくかも。

日々知らぬ間に重なっている、身体の緊張が解けていくのがわかります。

呼吸が、身体中に行き渡るのを感じるかもしれません。

フェルデンクライスメソッドという理論をベースに開発された方法です。

日常の動きが、つまり、歩いたり、走ったりが、

とても楽になっていることに気づくかもしれません。

ダンスや、波乗りをする人だったら、

よりしなやかで伸びのあるパフォーマンスへつながります。

また、身体のどこかに痛みのある方だったら、

痛みが消えていることに気づくかもしれません。

自分にとってラクな動きは、実は合理的で、

もしかしたら、もう痛まない動き方。

動きの訓練ではなく、

気づきのメカニズムが変容を導きます。

みなさんのカラダの智慧を信じて、

心理セラピストがリードします。

静かで、スローで、瞑想的な時間に身を委ねてみてください。








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by masumihug | 2018-09-24 16:27 | 個人セッション

自分自身に耐えられるか

いろいろと
手を変え品を変え
ワークやエクササイズを
やっているけれど、

とどのつまりは、

「私は、私自身に耐えられるか」

ってことをやっているんですね。

「あの人が嫌い」
「●●が恐い」
「〜〜がどうしても許せない」

とか、

「日本の社会は、~がダメ」とか、

本を読んだら読んだで、

「内容はいいけど、翻訳がまるでダメ」とか、

うん、うん、
そうなんだね。

それから、

「楽しいという感情を表すことが苦手」とか、

「身体でなに感じてるか?。。。わからない」とか、

いろいろな言い方で、
聞こえてくる。

やはり、
手を変え品を変え
表現されている。笑

そんな時、
何が起こっているんだろう?


ワークの場面で
実験しているのは、

「自分は、自分自身に耐えられるか」

ってこと
なんですね。

つまり、

普段
起こっているのは、

「あの人」やら何やらの「対象」という刺激によって

自分自身の中に起こってくる、
「何か」
と、出会うことが、
耐えられない。
ということが起こっています。

実のところ。

そして、
この避け方は、実に巧妙!

一見、知的。

(これは、お一人お一人が編み出して稼働させているシステム。
これはこれで素晴らしいです。ほー!と唸ります。
これにも敬意を払いたいです。)

話を戻します。

その、嫌だ、嫌いだ、耐えられないと
言っている「対象」は、
単なる「刺激」に過ぎない。

実際に嫌だ、嫌いだ、耐えられない、のは、
「私」自身
なわけですね。

すごく生身な自分、
ということかもしれません。


そんなことを、
手を変え品を変えて、
ワークショップや、
エクササイズという構造を作って、
安全に、優しく、ゆっくり、
ステップを踏んで、
触れていくわけです。

探求しているわけです。

実は。


そして、

(じぶんに出会うのが)
「耐える」
とか、「避ける」べきこと。

から、

知る

に、変わって

興味がわいて

もっと知りたくなって、

知れば知るほど、まだ先がある。

ドアが開くと、そこに広大な地平が広がっている
ことに気づいて

さらに、
開拓していく

へ、
変化するかもしれないです

そして、
更に、繰り返していくことで

現実の日常で、
何か、自分に不具合が起きると

「自分自身が拡がる兆しだ」と、
認識するようになるかもしれません。
(実際は苦しい局面であるかもしれませんがね)

そして、
ワークという機会を活用することを選択して、

そしてまた、
人生に戻り、

また、ワークする


気づけば、
自分が、自分に、少し慣れている

気づけば、
嫌いだったあの人へ向いていた注意が
あれ?それている。

というより、
あの人を一つの絵画の作品でも眺めるかのように
見ている自分に気づく。

そして、
気づけば、
自分自身が、自分に、くつろいでいる。

頼もしい自分がここに居る

もしかすると、
声のトーンも、一段低くなっているのに気づく。

声の出所が、身体の少し下の方からになっているのに気づくかも。

もしかしたら、
声を出すときに、準備しなくても
呼吸をするように、自然な発声をしているのに気づくかも。

こんな風に
なっていくには、
ちょっと時間を要するかも知れないけど、

ゲシュタルトの
アプローチによって
それは、着実な歩みとなっている。

ゲシュタルトの
探求するグループの中での
シェアによって、
他人の中に自分を見ることによって、
変化、変容、が、より受け入れやすいものに
なっていくかも知れない。

変化が起こるとき、
変容が起こるとき、
成熟の過程、
成長の過程、
では、サポートが必要です。

これは、赤ちゃんの成長と同じ原理。

それがあると、
安心してプロセスに任せていくことが
できる。

そして、
赤ちゃんの時のように、
養育者である必要はない。

他人でOK。

むしろ、他人だからこそOKの時がある。

それが、大人の成長の時。

誰にサポートしてもらうか、
自分で選ぶことが出来る。

それが、大人の成熟の時。

それらすべてのことひっくるめて、
成熟化のプロセス
というのだと
私は、思っています。

そんな、成熟化のプロセスの
お手伝いが出来ることが
私の幸せです。

私自身も、一人の探求者として
探求をご一緒させていただいています。

有難いことです。

あ、そうそう、

もう一つ触れておかなくちゃいけないことは、

こういうプロセスが、一直線に進むわけではないし、
その時点時点では、これがプロセスの一地点であるなんて
わかるはずもない。だから、仲間の存在や
もしかしたらセラピストからの映し返しが
何よりの確認になる。

そして、
冒頭の部分に
少し戻るけれども、

一旦は、思いっきり誰かのせいにしてみることも
お勧めする。

嫌いな、憎らしい、相手をそこに見立てて、

どなってみる、
罵倒してみる、
なじる、

「お前のせいだ!」と言ってみる。
「大嫌いだ!」と言ってみる。

(その対象と見立てた座布団)を
ひっぱたく、蹴っ飛ばす、
お好みなら階下へ落とす、などなど
思いつく限りの拷問をしてみる。

身体を使って
自分自身の筋肉を動かして

こんなことが、すごくすごく必要なこともある。
ワークの時に、そんな衝動が起こるなら、絶賛おすすめしますよ。

これは、自分のパワーと共にいる感覚を思い出すのに
最高に良い体験となりますから。

もっと言うと、
これを、実際に、生き物にしては欲しくないのです。
人間でも動物にも

クライアントさんを、犯罪者にしたくない。

それから、もちろん、自分にもです。

自分にもです。

自分の手が、自分の腕をつねっていたら、
目の前にある、誰かに見立てた座布団にその手を移動してみて
そこで、同じ事をしてもらいます。


これらのことは、「疑似」ではあるけれど、
やってみればワカルよ。

ゲシュタルトのワークは、
こんなふうに行います。


やっぱり、文字では伝わらないか。

ワークの場でお会いしたいです。






個人セッションでお会いできたらうれしいです。



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ありがとうございます。


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by masumihug | 2018-07-03 20:44 | 個人セッション

わたしを知って、わたしを生きる。神奈川県藤沢市にて、心理セラピーを行っています。ホームページこちらです。 https://kiku-therapy.jimdo.com/


by masumihug