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言うまでもないことですが、あいてがおとなであれ子どもであれ、話を聞くモモの態度にはすこしのちがいもありませんでした。でも、子どもたちが円形劇場あとに来たがったのには、またべつの理由がありました。モモがここにいるようになってからというもの、みんなはいままでになく、たのしく遊べるようになったのです。たいくつするなんてことは、ぜんぜんなくなりました。モモがすてきな遊びをおしえてくれたからではありません。モモはただいるだけ、みんなといっしょに遊ぶだけです。ところがそれだけでーどうしてなのかはだれにもわかりませんがー子どもたちの頭に、すてきな遊びがひとりでにうかんでくるのです。毎日みんなは新しい遊びを、きのうよりもいっそうすてきな遊びを考え出しました。

『モモ』 ミヒャエル・エンデ作 大島かおり訳 岩波書店
三章 暴風雨ごっこと、ほんものの夕立 より








by masumihug | 2011-05-17 18:49 | 古い記事(モモの話など)
 モモに話を聞いてもらっていると、ばかな人にもきゅうにまともな考えがうかんできます。モモがそういう考えを引き出すようなことを言ったり質問したりした、というわけではないのです。彼女はただじっとすわって、注意ぶかく聞いているだけです。その大きな黒い目は、あいてをじっと見つめています。するとあいてには、じぶんのどこにそんなものがひそんでいたかとおどろくような考えが、すうっとうかびあがってくるのです。

a0205246_13204276.jpg モモに話を聞いてもらっていると、どうしてよいかわからずに思いまよっていた人は、きゅうにじぶんの意思がはっきりしてきます。ひっこみ思案の人には、きゅうに目のまえがひらけ、勇気が出てきます。不幸な人、なやみのある人には、希望とあかるさがわいてきます。たとえば、こう考えている人がいたとします。おれの人生は失敗で、なんの意味もない、おれはなん千万もの人間の中のケチな一人で、死んだところでこわれたつぼとおんなじだ、べつのつぼがすぐにおれの場所をふさぐだけさ、生きていようと死んでしまおうと、どうってちがいはありゃしない。この人がモモのところに出かけていって、その考えをうちあけたとします。するとしゃべっているうちに、ふしぎなことにじぶんがまちがっていたことがわかってくるのです。いや、おれはおれなんだ、世界じゅうの人間の中で、おれという人間はひとりしかいない、だからおれはおれなりに、この世の中でたいせつな存在なんだ。

『モモ』 ミヒャエル・エンデ作 大島かおり訳 岩波書店
二章 めずらしい性質とめずらしくもないけんか より














by masumihug | 2011-05-17 18:39 | 古い記事(モモの話など)
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モモのところには、いれかわりたちかわり、みんながたずねて来ました。いつでもだれかがモモのそばにすわって、なにかいっしょうけんめいに話しこんでいます。用事があってもたずねて来られないという人は、じぶんの家に来てほしいと迎えを出しました。そしてモモが役に立つことをまだ知らない人がいると、みんなはこう言ってあげたものです。「モモのところに行ってごらん!」

 このことばは、だんだん近所の人たちのきまり文句にまでなるようになりました。「ごきげんよう!」とか、「ごちそうさま!」とか、「まあ、たいへんだ!」とかの文句をそれぞれきまったときにかならず使うように、みんなはなにかことがあると、「モモのところに行ってごらん!」と言うのです。
 
 でも、どうしてでしょう?モモがものすごく頭がよくて、なにを相談されても、いい考えをおしえてあげられたからでしょうか?なぐさめてほしい人に、心にしみることばを言ってあげられたからでしょうか?なにについても、賢明で正しい判断をくだせたからでしょうか?

 ちがうのです。こういうことについては、モモはほかの子とおなじ程度のことしかできません。するとモモには、どこかこう、人の心をほがらかにするようなところがあったのでしょうか? たとえば、とくべつ歌がじょうずだとか、なにかの楽器がうまいとか、それともーなにしろモモはサーカス場みたいな円形劇場に住んでいるのですからーおどりだの、アクロバットの曲芸だのができたのでしょうか?

 いいえ、それもちがいます。
 
 ひょっとすると、魔法がつかえたのでしょうか?どんななやみや苦労も吹きはらえるような、ふしぎな呪文でも知っていたのでしょうか?手相をうらなうとか、未来を予言するとかができたのでしょうか?

 これもあたっていません。

 小さなモモにできたこと、それはほかでもありません、あいての話を聞くことでした。なあんだ、そんなこと、とみなさんは言うでしょうね。話を聞くなんて、だれにだってできるじゃないかって。

 でもそれはまちがいです。ほんとうに聞くことのできる人は、めったにいないものです。そしてこの点でモモは、それこそほかには例のないすばらしい才能をもっていたのです。

『モモ』 ミヒャエル・エンデ作 大島かおり訳 岩波書店
二章 めずらしい性質とめずらしくもないけんか より









by masumihug | 2011-05-17 18:27 | 古い記事(モモの話など)

わたしを知って、わたしを生きる。神奈川県藤沢市にて、心理セラピーを行っています。ホームページこちらです。 https://kiku-therapy.jimdo.com/


by masumihug