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聞くこと

昔からよく話を聞く機会がありました。
悩みを聞いたり、グチを聞いたり。

その時は、『傾聴』なんて言葉は勿論知らなかった。

ホントにその人の世界にドップリ入ってしまう。
人の語るストーリーに引き込まれる。

その人の痛み辛さを半分?もっと?引き受けようとしてしまう。
そうすることが、聞く真剣さだと思っていた。
共感の表現はしてもし足りないと、同情をやっていた。

だから、疲れる。
その夜からカラダが重い。夜中に吐く。翌日は起きられない。
いわゆる、完全にもらってしまう。

ある時から、聞く姿勢が解った。
もう随分前だけど、ああ、これは、アートなんだって。

この人がここに創り出しているアート作品。
それを鑑賞する姿勢。

疲れなくなった。

その人らしい、その人の解釈する世界、その人の劇場、
(ある意味お芝居だ)それを観客の立場で鑑賞する。

劇場の舞台のエネルギーのエリアの外から私は眺めている。

それは、決して冷たい視線ってことじゃない。
むしろすごく熱く見てる。
もっともっとあなたらしいとこ見たい。
その人を信じている。

そうすると、話しをしている方は、その視線を感じる。
多分、エネルギーを感じてる。信頼されているという感じ。
それは、何故か鏡の役割をする。

自分で自分を客観的に知る。
その時に、その人の自然の治癒力が動き出す。

何がヘンか、何が歪んでいるか、自分で解る。
同時に、何が正に自分でいる時かってのもわかる。
身体の反応でわかる。

肉体がホメオスタシスの機能を持っているのと同じに精神も
自分にとっての最善の状態を作ろうと動き出す。

その人が、もし自分で気づいてなかったら私がフィードバックします。
フィードバックは、もちろん、許可を得てします。

『聞く』だけど、使っている器官は耳だけじゃないです。
身体全部を使っています。

ピアノを習っているある知り合いの小学生の男の子が言っていて印象的だった言葉。
自分の演奏を聞く時のことを、十四の心で聞くんだよって言っていた。
この子は、絶対音感の持ち主。

『聴』って字の意味を初めて知った。

私は、相手の、私の、身体中の器官が発している言葉を受け取ろうとします。
必要に応じて、感じたことを、なるべくぴったりな言葉にして返そうと努力します。
これは、自分の得意な作業です。
右脳と左脳を行ったり来たりする感じ。

聞くセラピーは、基本的にはそういうセラピーです。
クライアントさんによりちょっとずつ違うことをしたりもします。

最初に名前をつける時、『聴く』の方がいい?ってチラッと思いましたが、
カッコよすぎるので、『聞く』にしました。

聞くセラピー、イメージできましたか?
解りにくいですか?

良かったらぜひ体験してください。
by masumihug | 2011-08-31 18:09 | 個人セッション

地震以降見ないもの

⑴勝間和代
⑵叶姉妹

⑴はだいぶ前からそう感じていたけど、⑵は、今朝気づいた。

地震は、いろんなコトをふるいにかけたみたい。
by masumihug | 2011-08-31 18:05 | 所感

じゅーじつかんっ!!

いや~、これは、充実感に違いない。

充実感故の、カップヌードル。

一年に一回も食べることはないけど。
今日は、食べてもいい。
っていうか、食べるに値する日だ。
今日食べずしていつ食べる?って感じ。

ボランティアをやった。

ブリッジフォースマイルというNPO。
児童養護施設から巣立って行く少年少女達の支援をしている団体。

その、巣立ちのサポートセミナーの第1回目が今日あった。

何度も何度もボランティア研修を重ねて今日を迎えた。
早く現場へ行きたかった。

子供たちは…、素晴らしかった。可愛かった。懸命に生きていた。
本当に。力強い。

良かった。

そしてまた、ボランティア達も、それぞれの背景を持ってそこへ
来ている。

中には、さまざまな事情があって親と暮らせない子たちに、それぞれ自分の
子供時代を重ね合わせている人たちがいる。

支援に関わることが自分の内なる少女を癒すことになる。
私もその一人。

それが、とても成熟しているので健全に機能していた。
自分の癒しの代替え行為になっていない。
既に自分探究を充分に行った人たちだ。
そういう人たちが準備を整えてからここへラインナップしていた。

優しい眼差し、正直さ、前向きさ。体現していた。
子供たちには、なにを語るより、そのエネルギーに触れることで
身体に響くものがあったんじゃないか。と、思う。

みんな、すごいよ。
ステキな大人たち。
極上のボランティア。

今ラーメン食べながら、泣きそうです。

巣立ちセミナーは全6回。
半年間続きます。

とても良い活動をしている団体です。
『ブリッジフォースマイル』で検索してみてください。
児童養護施設のこと、取り巻くさまざまな事情、よくわかります。

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by masumihug | 2011-08-27 23:49 | 日記

迷ったら

迷ったら、

それは、愛からか恐怖からかって自分に問う。
スグ答えが出る。

当然だけど、愛からの方を選択する。
というか、それが恐怖が動機かってことは問えばすぐ分かる。

選択して、すぐにアクションできないことだってある。
勇気や責任や、手放し感が必要になることがあるから。

やすらぎの部屋のコオさんから、
もうホントに随分前に聞いた方法。

今でも使ってる。
by masumihug | 2011-08-27 00:03 | 私のこと
*****
かなり古い記事(2011年)ですが、
そして、表現も分かりにくいところがありますが、
公開したままにしておいています。
私を知っていただく手がかりになれば幸いです。
*****


私のことを知っていただく手がかりに、
初めてのゲシュタルト体験のことを書こうと思いました。
今からだいぶ前のことになりますが。

長いですが、良かったら、
お付き合いください。




私の中に矛盾する思いがあることに気がついた。
欲求と抵抗です。

コーチングや、カウンセリング、セラピー、それらを通じて
もっともっと人と関わっていきたい。そこにこそ自分の居場所があるという確信。

一方で、

そのような関わりは全ておせっかいである。という囁きが聞こえてた。

そのような関わりを望むのは私のエゴのたくらみなのではないか?と感じていました。

その背景にあった、考えというのは、

「おせっかいしていいのは、自分の子どもだけ」という信念があることに
気づいていました。

その前に、子どもが欲しいという強い欲求がありました。
これは、本当に本能の、理屈じゃない望み、とも感じました。

けれども、同時にあまりに切羽詰ってた。これにはちょっとヘンな感じがあります。
(本質のピュアな思いと、エゴ的なニーズは、自分では見分けがつきにくいことが多い。他人から見るとより明らかだけど。痛々しさが見えるから。)そこをずっと掘っていくと、おせっかいしたいという自分がいました。

思いっきりおせっかいしたい自分です。
思いっきり世話を焼きたいのです。

そして、それができるのは自分の子どもにだけ、という言葉が出ていました。

そのことから、どうやら核となる思いは、子どもが欲しいよりも、思いっきり世話を焼きたい
のだなと辿っていくことまではできていました。

そんな経緯のあった途上で、ゲシュタルトに出会い、まずはこれをこの思いを俎上に載せてみようと思ったのです。

セッションの前に、パートナーにそれを伝えると、「世話を焼いていいのは自分の子どもだけ」という言葉から、それを言っているのは、ココ(私の胸)にいる子どもの君だよ。と言われました。

そんなことがいろいろ私の周りにふわふわと存在してはいましたが、なんの前提も持たずにセッションに行こうと思って臨みました。

初めてお目にかかる河村葉子さん。ゲシュタルトネットワークのセッションルームです。
見た目、柔道の道場のような感じなんですけど。

私は緊張していましたが、事情はそこそこにワークへ突入していきました。

突入という感じです。
一足飛びです。

導入部は、もう思い出せません。
が、セッションは私の父との対話になりました。

私は、少なくとも私の解釈では、充分な愛情を両親から受けたという記憶がありません。
両親は、あちらの解釈では、与えたと言っています。
で、あるならば、もっと分かり易く愛して欲しかったと思っていました。

分かり易く、とは、もっと言葉が必要だったと理解していたのです。

ところが、違いました。

セッションでは、言葉はなかった。

ただ、触れたかった。
ただ抱きしめてほしかった。
肌の触れ合い、ほしかったのはそれだけだった。それがすべて。
自分でも驚いた。

それですべてわかるのだ。
愛されていること。

百聞は一見にしかず、じゃなくて、一触にしかず。だった。

そして、父は、セッションの中の父は、私を抱きしめてみて、初めて
自分の気持ちに気づいた。やってみたら、いとおしいと気づいた。

それが、一瞬で分かった。

「世界で一番かわいい我が娘」という言葉が現れた。
言う方は、それを根拠なく言うのだ。
本当に世界一かどうかなんて検証しないで言うのだ。

それを私はキャッチした。
それで充分だった。

セッションで私はたくさん泣いた。
子どもの私の涙だった。

親とのことは、私の長年の最大の課題だったので、何度も何度も
いろいろな手法で取り組んで来た。
ある程度の処理を済ませているつもりだった。
一定の理解をして今は冷静なのって言えているつもりだった。

とんでもなかった。
まだまだここにたくさんの感情が凍結保存されていて、
日常で刺激があれば、ここから湯気が立ちのぼる。

まさに、少女の私が、小さな肩を震わせてたった一人で泣き続けていた。
世話をしてほしいのは他でもないこの子、私だった。

彼の見立てはビンゴだった。

それは、日常の行動に多大な影響を与えてた。与え続けていたんだ。

セッションで起こった事は、本当じゃない。当然。
でも、私の解釈も本当じゃない。
事実、意味づけ、解釈、本当かどうかって検証することは問題じゃない。

私の渇望であり、それが分かっているのは私だけ、そしてそこを満たしてやれるのも
私だけなのだ。

そして、満たすのは、体感でしかあり得ない。

そこが、完了すると、そこから注意が剥がれる。
そこへ注がれていた(垂れ流されていた)エネルギーは自分へ戻る。

もはや、このことは自分にとって大した意味を持たなくなる。

このセッションの後、私は、自分が根拠なく落ち着いて存在していられることを感じ始めていました。
存在することに理由が要らない。
あの渇望がない。

これは、私にとってものすごい意味を持っていました。
私が、それこそそのままここに(地球上に)存在していていい。

誰かの承認、誰かの必要がなくても私はここに存在していい。
のです。

このことをここに書くのはちょっと赤裸々過ぎるかもしれません。

このセッションの体験から、一番変化を感じたのは、パートナーへ向けていたと思われる
エネルギーの質です。

多分、ものすごいべったりとした依存光線を向けていたと思います。

セッションの後直ぐに、感じがすっかり変わったのを感じました。

愛情を確かめたくなる、失う恐怖、触れて欲しい渇望。

それまでの男性との関係にこれが色濃く現れていたと分かりました。

「ぬくもりはもらえない」のが私の常識だったワケだから。
触れることができるのは、セックスの時だけ。それは、対価を払っているから。
私は必要とされていると一瞬だけど確かに感じることができる。
必要とされている=生きていていい
大人になる過程でこう覚えてしまった。

そこから、ぬくもりが欲しければ対価を払う、という信念へ派生した。
ぬくもりはタダではもらえない。素の私にはその価値がないから。そもそも存在する価値が曖昧だから。

カラダを差し出すというふうに理解していた。
生きていていいと安心するため、カラダを差し出す。

そして、相手が求めてくれないと、自分の存在が危うくなってしまう。
まさに死ぬか生きるか。
そんな風にセックスに関する誤った信念へも発展していた。
セックスを楽しめるワケがない。

そもそもセックスは対価にはなり得ない。お互いのことだ。対等なことだ。

まるでおかしな理論、それこそ根拠のない信念が長く私の中にあった。

痛々しいな。
けれどもこれも私。
小さい時に、生命維持のため身につけたもの。合理的に、生きていくため。
その後、検証されずにいただけ。

そして、ここから離れた。

普通になれた。

これが、フツーの感覚かと今は分かる。
驚きだった。
こだわりや執着がないことに。

フツーってなに?と言われても。説明がし難いが。

ある朝目が覚めたときに、突然こう思ったりする。
彼は、もういないんだ、もう引っ越したんだ、やられた。
ふとした思いつきが、急激にリアリティーをもってきて、
逃げたんだ、やっぱりそう思ってた、という妄想で彼のマンションまで行って
確かめたりすることがないということです。

全く相手を思い遣ったり、心配するのではなくて、テメーの絶望だけを避けようとしています。

幼い頃に多分味わった絶望をもう二度と繰り返さないぞと警報が鳴っている状態です。

男性との親密な関係が始まると、自分が振り回されてしまう。
だから、男性は、面倒くさい。
男性全体を一くくりにして見下すことで正当化。長くそう思っていたことがあります。

実際には、このような自分のシステムを理解できずに、制御不可能になって正気を失っていただけ。

父親との関係は、こんなふうに、人生への影響は絶大です。

でも、気づいて、そこへ垂れ流されているエネルギーの向きを変えることは可能です。

そして、その効果は計り知れない。
ここに取り組むことは、かなり億劫だけど。

自分がただここに存在することにくつろげる。
これってホントに楽です。

方法はゲシュタルトだけではないと思います。
要は、気づいて、解釈をし直す。
その前に、今居心地が悪いところがあれば、そこに敢えていて、感じて、探っていくことから始まると思います。

私のように感情を感じるシステムを幼い時にブロックした人は、むしろいきなりゲシュタルトではなく、もうちょっとゆっくり時間をかけた方がいいかもしれません。もう話すことがなくなるくらい気持ちを吐き出す、充分に聞いてもらうことが最初かもしれないです。緊張感を解いて、感情がカラダに出ているのを感じるシステムを再開通してからの方が有効かもしれないです。

そもそものテーマだったこと、子どものこと、世話を焼く動機、については、
あまりこだわりがなくなってしまった。

注意が剥がれて、私の本来の思いへエネルギーを使うことができるようになりました。
そして、今につながっています。

とても個人的な体験談ですが、なにかの足しになれば幸いです。

今度はあなたのお話を聞かせてください。

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The three ages of woman
Gustav Klimt
部分


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by masumihug | 2011-08-26 00:11 | 私のこと

善き場の設定

この土曜日、
Masumi自宅にて
場のセッティングを行いました。

当日お集まりいただきました皆様、遠路藤沢までお越しいただき、
ありがとうございました。

おかげさまで、ここに素晴らしい場ができています。

京子さんのリードで、皆で円陣を組み、大きな光の柱を通しました。
ここは、良き種がまかれるところ、最初の意図がぽとりとこぼれるところ。
そして、京子さんが言ってくれたけど、子宮の中のような場所。
この上なく安全で、守られていて、ぬるい羊水の中のようで、ここでは、
自分の感覚の中へ委ね、漂うことができる。

あ~、なんて気持ちいいんだろ。

これからまたたくさんの方をお迎えし、この場自体も善き経験が蓄積されていくのだな。

私の一対一のセッションだけではなく、人々が集まる場としても使っていきたい。

Womb room って名はどう?

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by masumihug | 2011-08-23 22:53 | 日記
萬田久子さんのご主人が亡くなった。
ラモス瑠偉さんの奥さんは先月。

これは私の想像だけど、どちらのカップルも長い老後を二人で
ゆったり過ごそうって漠然と考えてたんじゃないかな。

どうやら老後はそんなに長くはないように思う。

日本人の平均寿命を押し上げていた人達とは、私たちは違う。

やりたいことがある人で、もし、一般的にリスクと言われていることを恐怖に感じて先延ばしをしているのだったら、先延ばししない方がいいと思います。

彼に薦められて、諸富 祥彦さんの『とりあえず、5年の生き方』を先月読んだ。

死んじゃうからって焦って何かを掴んだり、慌ててやり始めなくちゃいけないって煽っているんじゃなくて。
そうじゃなくて、自分への問いかけをよりリアリティを持たせるために使うって考えたらいいと思う。

そんな事を考えてたら、このような訃報が俄然意味を持ってきた。

昭和を支えてきた、人生の諸先輩方は今青春を取り戻そうとそりゃあエネルギッシュに行動してる。
70歳代。身体も元気。
いわゆるってことをする。今の隣の国の人の行動に似てる。
凄まじい生命力。死んでる場合じゃない。

一方で、私の世代は、まさに過渡期。
見た目上は、選択肢が無限に拡がった。

チャレンジしてる人もいた。
そういう人を横目で見ながら、いわゆるで選んだ事を手放すことが怖い。し、長い老後まで視野に入れて今を選択しないといけない。って思ってる。
これがいつまで続くの?ってウンザリしてる。

けど、意外と短い可能性が高くなっている。って事に、気がついた方がいいかもしれない。

これは、朗報か? どうか分からないけど。

いい人生だった。と言って死にたい。私は。

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諸富祥彦 著
『とりあえず、5年の生き方』
実務教育出版
by masumihug | 2011-08-19 02:27 | 所感
『聞くセラピー』って、なんですか?
って聞かれたら、モモの話しをします。

ミヒャエル・エンデの『モモ』です。ご存知ですか?
物語の中で『珍しい性質』としてモモの特徴が描かれます。

その珍しい性質って言うのは、話しを聞くことです。
誰にだってできることなのに、珍しい性質というわけです。

聞くセラピーをしています。

最近、たっぷり聞いてもらったのはいつですか?
全部話しましたか?
その経験からなにか気づきがありましたか?
本当は、なにが気になっていますか?

じっくりご自身と向き合う時にお役に立てるかもしれません。
ご連絡いただけましたら幸いです。

聞くセラピー
Masumi

masumihug@excite.co.jp








by masumihug | 2011-08-19 01:51 | 古い記事(モモの話など)

ツリーオブライフ

映画 『ツリーオブライフ』を観ました。

観終わって、一呼吸おいて、こみ上げて来るもの抑え切れない程だった。
エンドロール中ずっと、膝を抱えて声が出そうになるのをこらえて泣いた。

これを映像にしてくれてありがとう。

2時間以上の長尺もの。その世界観を表現するには、それくらいの時間が必要。

ブラッドピットがプロデューサーとしてクレジットされていたのに気が付いた。

後で、一緒に行った彼に聞いたら、本が良かったので製作に関わらせてほしいということになったそう。
でも、この内容だから、興行的に成功するかどうかは保証できない、なので演じることにしたそう。

ブラッドピット、この人、どんどん良くなる。経験を糧としてまっとうに成長している。そしてそれが存在からにじみ出ている。

今、多くの人がこの二つの価値観の中で葛藤している。ように感じる。でも本来、この二つのことは同じように天秤に載せるような種類のことじゃないとも思う。

もはや、今の人にとって、それは自分自身のニーズでは決してないはず。

前の時代の人の欲求の名残が残っているだけ。
これは、強烈だったから。

ピュアな、むき出しの粘膜みたいな部分をもう出してしまっていい。
そういう人を見ると、涙が出る。

そしてもう一つ、私は、個人的に、自分の家族をこの映画に投影してしまった。

あー、いい映画だった。

お盆の最後の日にたくさんの人が観に来てた。
大事なお休みの日にこの映画を選ぶ。みんなセンスいいよ。




『聞くセラピー』をしています。
お問い合わせください。







by masumihug | 2011-08-17 01:37 | 所感

靖国神社へ

靖国神社へ参拝に行く。

ここ数年、終戦記念日の辺りにぶらっと行く。

会社勤めをしていた時には、仕事を早めに切り上げて帰りにぶらっと、一人で立ち寄る。

自分なりの感謝の言葉を伝える。

靖国神社へ来るのは年にもう一度ある。

春。

千鳥ヶ淵の桜を見に来る。
桜吹雪の中ボートを漕ぐ。
この景色は、江戸。

その帰りに、神社の敷地内にある出店で一杯飲む。
ものすごい人。みんなよろこんでいる。

この場所はここにずっとなくちゃならない。

『聞くセラピー』をしています。
お問い合わせください。
by masumihug | 2011-08-16 08:20 | 日記

わたしを知って、わたしを生きる。神奈川県藤沢市にて、心理セラピーを行っています。ホームページこちらです。 https://kiku-therapy.jimdo.com/


by masumihug