人気ブログランキング |

<   2012年 01月 ( 6 )   > この月の画像一覧

会社を辞めた理由

今頃になって、
会社を辞めた理由がはっきりと分かった。
くっきりと言語化出来た。

私は、四六時中、愛を込めたかったんだ。
と、分かった。

辞める頃、感じていたのは、自分の無責任な姿勢だった。
そこにもう我慢ができなくなっていた。
よくそう言っていた。

裏を返せば、愛を込めたくて込めたくて、でも、込めがいがなくて、
苦しかったんだ。

自分の愛が込められてないモノには責任取れない。
責任を持ちたかった。
多分、生きることに。

会社が悪いのではないし、そこにいた私が悪いのでもないし、
ある時期は両者の関係が成り立っていたし。

でも、もうその時期は終わっていたって事が分かっていたのに、
自分は自分を騙して、そこにいた。辞めてしまったら、いよいよ
自分の人生を生きることにな
言葉にはならずとも分かっていたから怖かったんだ。

私の自我は、生活どうするんだ?と脅迫していた。

ある日、瞑想をしていて、物凄い多幸感に包まれたことがあった。
あぁ、これが愛なんだと感じた。根拠はないが、解った。
強烈で、そして、優しかった。

ここが、私が帰ってくる場所だとはっきりとわかった。
基準点だ。

その日の瞑想は、とても自由だった。
したことは、自分の気持ち良さ、心地良さを追っかけていくだけだった。
自然に涙が溢れて、自分がここに存在していることをただよろこんでいた。

それまで、瞑想をしても、なにをしても、何処を目指せば良いのか
多分分かってなかったのだと知った。

愛って、これか。。。
初めて知った。と思った。

愛する、愛される、の対象のある、それとは、違う。
自分自身がソレという感じ。

これが、基準点。
自分の愛の感じ。
戻ってくる場所。
Home
正気

ここから、何であれ、このスペースから発想したいと強烈に感じた。
その日から、加速した。

愛と責任は、表裏一体。

そして、一旦、そうなると、そっちの世界は、愛の込め大会だった。
皆、本当に愛を込め表現していた。
私は、足りないと感じた。私の込め方じゃ。
もっと込めていいんだ。

クリエイティビティとは愛のスペースから発想されるモノなんだと分かった。
毎日毎日やっていて強化される。やがて、それがフツーになっていく。みたい。

今、私が幸せなの、わかった。

今、愛しか込められるモノない。
だから、幸せなんだ。

その練習を、ひたすらしているし、もっとしたいの。
そういうことだったんだ。

私は、朝から晩まで愛を込めたかった。だから、辞めたんだね。
会社員だった頃、感じていたのは、
会社では愛を込めてはいけないと自分で自分を制限する苦しさだったんだ。

ある時から、愛を込めない、と決めていた。

このままじゃなくなってしまうと感じていたから。
搾り取られると感じていた。

だから、必要最小限のコトだけにしようとしていた。
片足だけにしようと決めていた。

でも、その一方で、人間として、愛を込めたくて、込めなきゃ死にそうだったんだね。
人って、そういうふうに出来ているから。

先日、会社員の友人と話をしていて自分のことを思い出した。
そして、急に気づいた。その核心の部分に気づいた。
そして、今の自分が、いつの間にか、愛を込めるか込めないかの選択など
どこかへ飛んでしまっていることに気がついた。

『経済的なこと』は、こういう場合の自我の常套句だ。

なにか、これは、自慢話し?のように聞こえてしまうかもしれない恐れが、
今、私、正直なところ感じているけど、そうじゃないよ。

会社を辞めたいと思っている人へ私が言いたいのは、
そのホントの思い、
自分の感覚をぐーっと追い詰めて行ってみてほしい。
自我が言うことには、一見説得力があるが、ホントにそうなの?
自分の願いの核心に触れてほしい。

『会社』を、もしかしたら、別の言葉に置き換えてもいいと思います。
あなたの、今、葛藤のあること。

人って、誰でも、愛を込めたくてしょうがない。
あなたの、その、ユニークで、ステキな愛の表現を、込めがいのある
ところで使ってね。

それを待っている人が、きっといるよ。

良かったら、『聞くセラピー』で、お手伝いをさせてください。





〜個人セッションでお会いしたいです〜

120分間、自分自身に最大の興味と関心を向ける
あなたのための時間です。
あなたがあなたと出会っていく時間になります。

 



いつも読んでくださり、ありがとうございます。
よかったらぽちっと↓ お願いします。
ありがとうございます。






by masumihug | 2012-01-27 07:24 | 私のこと
『聞くセラピー』の、ウェブサイトを作る代わりに
このブログを始めました。

が、その体をなしてなくて。。。

しかも、『所感』や、そして、『日記』のカテゴリー
の記事ばっかり増えており。。。

全然ユーザーフレンドリーじゃないモノになっています。

ハイ、わかってます。
反省してます。

ちゃんと探している潜在的クライアントさん
と出会う機会を失っているかもしれないですね。
それは、残念です。
だめですね。

そして、
同時に、私にとっては、こういう場が、必要だったようで、
制限あれど、不特定多数の人へ向けて、意見表明や、
自己開示する事は、私の欲求を満たしてくれるのが分かります。

かつての私にとっては、そういうこと、心臓が止まるほどの恐怖が伴う事
だったはずなのに。

今は、気負わずに、友達に手紙を書くような気持ちで
書く。し、それが、自分の素直な欲求だったと分かりました。
小学生の頃から日記は書いていました。

日記は、なんでも話せる私の相棒のようなモノで、
今思えば、セルフコーチ、セルフカウンセリングのツール
になっていたと思います。

どなたか分からないけれども、
読んでくださっている方。ありがとう。
とてもうれしいです。

もし、感性が合って、そうだね~って共感してもらえたら、うれしいし。
いや、私はこう感じるっていうのがあったら、それはまたすごくいい。聞きたい。

そういうシェアする機会が持てたら、ホントにいいですね。

いつか、シェア会をやりたいな。

というワケで、
私のブログは、引き続き、このようなまま続行することといたします。

(笑)



a0205246_1905155.jpg













日曜日、うちで友人の誕生日会。
主役が持ってきてくれた、桜。
いつの間にか満開に。
ガールズトークとは、ちょっと違う、
女たちの、真剣トークに応答してくれたの?
ありがとね。
by masumihug | 2012-01-24 06:14 | 日記
a0205246_23412840.jpg











気を惹く表紙。
読みながら、なにか違和感。なにか物足りない。

きっと、渡辺淳一氏のインタビューが最初に決まっていて、
寄稿者は、そのタイトル「エロスこそ、生命力の源泉」の第一印象に
引っ張られて書いてしまったのかな。

淳一さんが今の日本の恋愛事情を憂えて言っていることは、確かに頷けるところある。
でも、雑誌の中は、恋、エロス、結婚、セックスなどなど、それぞれのパーツを別々に
皆さん語っているみたいで……、私としては、買う前に期待したコトは、

恋、エロス、結婚、セックスが、パートナーシップをより深く真剣に築くことによって、
どんなことが起こるのかってことを知りたいし、語りたいし、他の人がどうか知りたいし、
インスピレーションを得たかったな。

そう、パートナーシップについて語っている人がいないんだ。

その時、年齢の話はナンセンスだろうし。
当然、死ぬまで恋したいし、していいに決まってるよ。
ここに書いてあることは、もう結論出てる。

きっと、死ぬ間際に想うのは、自分と大切な誰か、まさに魂が震えるような
交わりを持った人のことだろうと思う。
その人がそのままそのいまわの際までいてくれたらなんとラッキーだろう。
或いは、もし、そのような人を残念ながら持たなかった人は、後悔し嘆きながら
息を引き取るんだろう。

そのくらい、生きている限りにおいて、パートナーシップを人は渇望している、
と思う。

今の私は、本当にラッキーにも、そんなパートナーを得て、得させてもらっていて、
とても幸福な状態にいる。大変ありがたい。

手前味噌で申し訳ないけれども、一応、真剣に取り組んだ結果そのような状態に至っている。
結果、と言っても、どんな場合でも状況は変化している。ので、たった今は、瞬間を
切り取った断面のようなものだ。そして、また、変化に応じて応答して行く、という姿勢で
いることだけは確かだ。そういう姿勢で行く、と言える価値があると思っているということだ。
関係を安全に保つため、という理由ではない。
理屈っぽくてスイマセン。

今の私は、このように感じている。

「この人」と直感したら、直感した自分を信じる。
その人を信じる自分を信じる。

だから、真剣に取り組む。
だから、諦めずに、シェアする。フィードバックする。
たくさん、たくさん。
自分の感覚に正直に。
信じている自分を裏切らない。

二人がシェアするのは、お互いが違うってことを解るため。
二人がシェアするのは、ここは似ていて、盟友になれるから。
二人がシェアするのは、お互いの成長のため。
そして、私のため。だって私がその方が心地いいんだもん。それでもいい。
話してはいけないこと、なんてないよ。
遡上に載せるのに、少し待った方がいいことはあると思うよ。

そして、取り上げると決めたら、二人の関係を手放してもいいつもりで
フィードバックをする。私は、その人がそれを糧にできることを知っている。
から、それをする。何故なら、私が、この人を信じると決めたことを信じるから。

私は、その人のその善なるところ、本質に向かって話しをする。
もし、その人から反応が返ってくることがあっても、それは折り込んでいる。
男性からの反応は、はっきり言って恐い。
もしかしたら暴力を引き出す可能性だってあるかもしれない。
大反発、大声、女性にとっては恐い。でも、ここは譲らない。

反応は、その人の中心ではない人格が、そのアイデンティティーのニーズから
発してくる。だから、私の信じたその人の本質が言っているんじゃないと私は知っている。
だから、その、恐怖に駆られた人格に、少し言わせておく。(確かにその人格も理由あってその人の一部だし)中心の善なる本質は、ちゃんと聞いている。のを私は知っている。
信じて、フィードバックをする。

実は、この姿勢は、コーチングの時、カウンセリングの時、も同じ。
クライアントさんから冷たい目で見られても、私は信じてフィードバックをする。
その人がそれを糧にできることを知っているから。
どんな人も、その本質は善だと私は全く信じて疑わない。
時間差は生じる。仕事としては、危険な賭けかもしれない、けれどもいい。
私は、私にウソをつけない。

結果、時間が経ってからでも、感謝されたことが何度かある。
そんな体験があるので、それには確信を持っている。

話がそれてしまった。

そう、パートナーシップだ。

この写真に写っている本が、私が何か言うより、ずっとずっと大事な示唆を
与えてくれる。

ジョンウェルウッドの、「男女のスピリチュアルな旅」。

随分前に友人から勧められて読んだ。
実は、私のパートナーも同じ本を読んでいた。そして、最近再読しているという。

スピリチュアルというと、なんだか胡散臭さが漂うけれど、他にいい言葉がない。
本来的には別に悪い言葉じゃないんだけど。。。
ニューエイジからつながる、今のなんだかファンタジックな取り扱い方が問題なんだと思うけど。

本の内容は、ファンタジーとは程遠い、切れ味いい。

実際には、本で読もうが読むまいが、現実には、生身の人間どうしどう真剣に向き合うか。の中に放り込まれる訳なんだけれど。
その時、本に書いてあったから、なんてことは思い出しはしないんだ。

今、私も再読と言うか、拾い読みしているけれど、後から体験と照らし合わせる感じになっている。

男女の関わり。一人で生きていける者同士が、肩を寄せ合う。その意味。その先にあるもの。

その先があるとは思わなかった。
それが今の私の正直な気持ちだ。

今は文字通り未知の道の上。
ここから先は二人してクリエイトしていくことになるみたい。
ロールモデル、なし。

これってすごいなと思う。
それは、ふたりだから。自分を信じる、相手を信じる。
この、なんの保証もない、ことを信じること、その相手を
旅の伴侶に。その旅の行き先、不明。ただ、私たちなら
善きものをつくっていくって気がする、だけ。

肉体を得て、この地球にまた再びやってきて、生きるという神秘を
やっていくとき、パートナーの存在をありがたく思う。

それを知っていれば、パートナーを大事にしない人がいるわけがない。
と、私は思うんです。

彼氏、彼女は、人生のオプション。
今や結婚は、とんでもない贅沢品、高くつく嗜好品。
なんて論調があるけれど、逆だよ。

普通の人が普通に生きていくのに、クリエイティビティが必要に
なっている。こういう時代だからこそ、最も必要なコトと言えると
私は思う。



言論誌というのは、言論を喚起するってことかな。
だとしたら、成功している。ありがとう。

『多様性を考える言論誌』kotoba、
パートナーシップをみくびらないで、
人をみくびらないで、ほしいです。

唯一注目したのは、読者アンケートの結果。
皆さん、結構開示していてうれしくなった。
皆さん、結構エロくてワイルドなんだもん。
だから、言論人が書いていることなど関係ない。巷の人たちはちゃんとやっているよ。
そして、こういうことを開示してもokの、いい時代になったなと感じる。
by masumihug | 2012-01-13 06:19 | 所感

タニタ食堂

『丸の内タニタ食堂』がオープンしたそう。
整理券を配るほどの人気だって。

ネットのニュースを読んでいて印象的だったのは、
早速それを体験した人の以下のコメント、

埼玉県越谷市から来た介護士の男性(33)は、「食器の重みが食の大切さを改めて実感させてくれる」と、タニタ食堂の特色のひとつでもある陶器の器の良さを指摘。これは、「食器の質感やデザインにこだわりを持つことで、見た目の温もりや食の大切さを味わってもらうため(同食堂スタッフ談)」とのメッセージが込められているんだそうな。

カロリーや栄養のみならず、丁寧な食事をすることで食の大切さを原点に立って味わうことができる、それが「タニタ食堂」の醍醐味のようです。


上記記事は以下サイトから引用しました。
http://youpouch.com/2012/01/11/50047/


ヘルシーメニューだけじゃなくて、
器にも配慮があると聞いて、とても好感持ちました。

私もまさに同感です。

食べ物を丁寧に取り扱うこと、そういう場作り。
それは、とりもなおさず、食べ物を作り出荷している人たち、調理してくれた人たち、
への感謝の気持ちがあるから。

良い器を使いたくなるのは、
その食べ物に、料理に、そのプロセスに、相応しい器があるからなんだ。
ぴったりな器に盛られた手作りの料理って、とっても豊かな感じだ。

『食育』ということが叫ばれているけれど、『食べる』ってことをとりまく
こういうこと全ても、含まれていてほしいな。

暦、行事、季節を愛でる。それらも全て。

繰り返し、繰り返し、行われていることを、ただ、そのまま続けるということも。
すごく大事なことだ。

家の中で食を取り仕切る人の責任は大きい。

それを、淡々とやっている人へ、
ホントにありがとうと言いたいです。

そして。。。児童養護施設退所者支援NPOで、ボランティアをやらせていただいて
いる私としては、施設ではどんな食の場があるのかなと、ふと気になる。

施設で育った子が、やがて誰かとお付き合いしたり、縁あって家庭を持つでしょう。
そんな時に、良い食の場を提供する人であってほしいな。

施設職員さんは受け持ち範囲幅広くて、皆さん大変多忙だけれど、
こんな所に心を砕いている方もきっといるといいなと願います。

昨日は、鏡開き。

我が家は両親と2世帯住宅で、
壁で隔ててはいるけれど、隣の気配は漂ってくる。
母は、前日から小豆を浸して、お汁粉を作っていた。
当たり前のようにやっている。
その気配の中で私は育ったことを、今はありがたく感じる。

母がいなくなったら、私が文化の継承者なのだ。
まるで準備できてないよ。
私こそ、食育。急務!
by masumihug | 2012-01-12 08:41 | 所感

雪、霏霏と降る

a0205246_23285889.jpg















「霏霏と降る」とはこういうさまか、と
身体でわかった。

今朝は、大雪のせいで一時停電もあった。

山の中の、森の中の、家の中、暖かく着込んでじっとして、
まどから雪の降るのを見ていた。
そういう、見ている者の状態も含むのかもしれない。
きっとそうだ。

さて、ここはどこでしょう。

本日藤沢へ帰る。予定。
見通し立たず。
by masumihug | 2012-01-05 23:20 | 日記
あけましておめでとう。

いつものように、近所の神社へ二年参り、
暗闇に炎。焚き火のいい匂い。
少し大きい子どもたちのお囃子を聞いていたら、
なんだか今年は踊りたくなった。

お賽銭を投げて、丁寧に新年のお参りを済ませ、拝殿を背にする。

いつものように、最後は、
境内で甘酒をいただいて、今年もスタートした。様子。

準備万端、とはいつも言えないけれども、スタートさせた。

今のこの、あなたの、私の、状態で、できることをやっていこう。

たくさんの出来事、事件、出会いがあった年が幕を閉じた。

今既に違う香りがし始めているのを感じている。

何かが始まる前、いつもついていけるだろうかと不安になる?

不安になっているっていうことは、何かが始まる証拠だよ。
始めようとしている証拠だよ。

今年が、みなさまにとって、すばらしい年になりますように、
心から、本当に心から、願います。

なにより、新しい選択を祝福します。

たくさんのチャレンジ。環境の変化。
それと一緒に踊るように、やっていこう。


a0205246_0254884.jpg











初めて伊達巻を手作りしました。
海老の香りが、かなり強い、そしてあま~い。
そして、おいし~。

なんでも自分で作れるんだな。
去年、なんどこの言葉を口にしたか。
最後は、なんと、伊達巻だった。

今年も、どうぞよろしくお願いします。
by masumihug | 2012-01-02 06:13 | 日記

わたしを知って、わたしを生きる。神奈川県藤沢市にて、心理セラピーを行っています。ホームページこちらです。 https://kiku-therapy.jimdo.com/


by masumihug