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<   2016年 11月 ( 6 )   > この月の画像一覧

セッションの場所

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セッションに適した落ち着く和室です。
脚を伸ばせる、楽な服装をお勧めします。

藤沢駅より徒歩約10分の場所です。
最寄り駅: JR東海道線、小田急線、江ノ電 藤沢駅

ご予約確定後、詳細をお送りいたします。


*現在のセッション場所は、上の写真の場所ではないのです。
写真を載せることが叶わずごめんなさい。

「畳の和室」という、セッション場所をイメージするご参考にはなるかなと、
載せておいています。




〜個人セッションをどうぞ〜

お申し込みは、ご希望のお日にち(できたら複数)と
時間帯をメールで教えてください。調整してお返事させて
いただきます。急でもそれがGoodタイミング♪な時が
あります。どうぞ遠慮なく。お会いできたらうれしいです。

◆個人セッション料金:初回10,000円 2回目以降13,000円
*基本的な所要時間120分(少しはみ出ることもございます。
時間の余裕を持ってお越しいただけると助かります。)
*藤沢駅から徒歩約10分の落ち着く和室で行います。
(お申し込みの方へ場所の詳細をご案内いたします。)

◆ご予約、お問い合わせ、ブログ読んだよ♪、Hello!のメッセージ、
そのほかなんでも、すべての始まりはこのメールから。
➡️ masumihug@gmail.com



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by masumihug | 2016-11-19 14:34 | 場所

セッションの目的は

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セッションの目的は、

(自分にとって)OKじゃないことを
OKにするためじゃないよ。

私は、もっとこれを言う必要があるの
かもしれないと、思いました。

ちょっと急いで書いておかなくちゃと
思っています。

それが平気になるということではないですよ。
それは、無理やり。

ある種の優越感で凌ぐやり方、でもないです。
それは、スピ系ビジネスになってしまう。

普段、了解された世界でやっていることと
それはなんら変わりない。

自分自身を縮めているだけ。
息を止めているだけ。
感じないでいる訓練をしているだけ。

そうじゃなくて、
そのOKじゃない感覚と一緒に居てみることができると知る。
ことであって、

また、

その感覚に留まり、何かが変化していくのを受け取り、
それに任せてみるとどうなるのか、
その変化の体験にオープンでいてみることができるのを知る。
ため。

そうすると、
そこに、実は選択肢があったことに気づく。ため。

選択肢から選択できる自分に気づくため。

選択する力のある自分に気づくため。
自分自身の力に気づくため。

そうすることで、
自分の頼もしさ、
自分自身に備わっている知恵
に気づくため。

そして、
要は、
「私は、すべての存在とコンタクトすることができる」と知る。
ため。

パールズは、「コンタクトとは、違いを認識すること」と言っている。
それ以上でも以下でもない。

のだけれど、
その時、サポートが要る。ことがある。

「違う」と、認めるのが、
とてつもなく恐いことがある。

その恐さを想像して、
その想像に凌駕されてしまっていることがある。

そんなとき、
サポートが要る。

それが、セッションの場。

安全に、
誰も傷つくことなく、
実験することができる。

「コンタクトとは、違いを認識すること」
を、身体全体で理解していきたい。

私は、
そこに、くつろぎを加えていきたいんです。

それは、
相手を尊重すること

であり、

また、

自分を尊重すること、
自分自身を大切にすること。
であるから。

「自分を大切にする」

この道筋は、ショートカットがない。

ぐるっと一周回ることで、
腑に落ちる
というメカニズム。

要は、これが、
「生きる」ってことなんだと
思います。

だからね、
あなたが今、
「OKじゃないモノ」に出会っていたら
チャンスです。

異質なモノ
受け入れ難いと思うモノ
と出会っていたら、

その対象には「ありがとう」と伝えることが出来るよネ。

そして、
自分自身に戻ろう。

「異質だ」
「受け入れ難い」

という、自分自身の中に起こっていることを
見ていくことが出来る。

その感覚に、時間と場所をあげる。

初めて出会うように
最大の興味と関心を向けて、
その感覚と、しばし一緒に居ることが出来ます。

そうすると、何が起こるか見ていくことが出来ます。

そこには、きっと
発見があります。

選択肢が見えてくる。
思わぬアイデアが降ってわく。

そして、
そんなことをやっていると、
やがて、
異質なモノと出会う時、
くつろぎと共に居る自分に
気づくはず。

これって結構「わぉ!」なこと。


あなたの探求にご一緒できたら
うれしいです。




〜個人セッションでお会いしたいです〜

120分間、自分自身に最大の興味と関心を向ける
あなたのための時間です。
あなたがあなたと出会っていく時間になります。

 



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by masumihug | 2016-11-19 09:49 | 個人セッション

セッションを身につける

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個人セッションの終わりに、
こういったものをお渡ししています。

クライアントさんが
「これ!」って
選びます。

その日のセッションの体験を
モノとしても
持ち帰ってもらえるかなと
思い。というか、願いつつ。

そして、何度かセッションを
重ねると、この子たちがお手元に
増えていくワケですけど、
それは、向き合った勲章のように
時々誇らしげに眺めてほしいなぁと
思って、願って、おります。

そして、それは、もしかすると、ですけれども、

辿ったご自分のプロセスを象徴する
ものになっているだろうし、

または、

その子たちを見ているだけで
なにか、そこにストーリーが見えてくるのではないかなぁと、
思っていて。。。

そう想像すると、私は、

非常にワクワクしてしまうのです。

そのストーリーは、それを持っている人の
実際のストーリーとは全く違うものかも
しれないし、だけど、どこかで重なるような、
パラレルで存在し展開しているような
そんなことが起こったらそれはそれは
おもしろいなあと思うのです。

そんなことがありそうだから。

ゲシュタルトを生きていると、
そんなことばっかり起こるから。

私たちは、実におもしろい世界に
住んでいる。と、思います。





〜個人セッションでお会いしたいです〜

120分間、自分自身に最大の興味と関心を向ける
あなたのための時間です。
あなたがあなたと出会っていく時間になります。

 



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by masumihug | 2016-11-12 00:30 | 個人セッション
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去年(2015年)の11月28日の記事を
再掲します。

久しぶりに読んで、
今も、「まったくその通り」と
思いました。

ちょこっと分かりにくい表現だけ
手直ししました。

***

人生と、仲良くなれた。

自分にとって、
ゲシュタルトって、
端的に言うと、何だろう?って
考えていました。

で、「人生と仲良くなれた」
という言葉が、出て来ました。

そのココロを、
書いてみます。

それ以前のわたしにとって「人生」っていうのは、
近寄り難く、
腰が引けるものだったような気がします。

わたしの横を大きな河が、ゆったりと、
淡々と、流れていた。

わたしは、岸にいて、その大きさ、
ゆったりだけれども確実なその流れに、
圧倒されるばかりだった。

今思い返すと、そんな光景が見えてくる。

「私」と「私の人生」の、
その当時の関係。

「人生」なんて言葉も、
軽々に使うことは出来なかった。

ゲシュタルトを知って、
ワークを重ねていくにつれ、
「人生とは、体験することだ」と
実感を伴って、知った。

一瞬一瞬に居て、
そこに、十全に関わる。

そして、振り返ると、
一瞬一瞬の点が、連なって、
線が出来ている。

わたしは、
生まれてから死ぬという
直線の上に居ると思っていたけど、
そうではなかった。と、気づいた。

わたしの前には、線はない。

瞬間瞬間に
十全に居る、
体験する、そして、味わう

「人生」とは、
瞬間瞬間の体験、選択、その連続したもの、
なのだ。
と、分かってきた。

瞬間瞬間に居るために、

『今ここ』で、
目の前のことに関わるという
姿勢を、
体験的に学んだ。

ゲシュタルトセラピーには、
「今ここ」へ戻してくれる
様々なアイデアがある。

一つは、身体を入り口にすること。

身体感覚は、嘘偽りがない。

そして、そこには必ず、(だいたい)
メッセージがある
ということを、知った。

身体を通じて、

自分の中の自分と対話をしていくことができる。

自分の中の自分は、
不思議と、コレ!という、その時の最善の答えを
持っている。頼もしい存在だと気付いた。

自分の中に相談相手がいる、
というのは、
目から鱗であったが、
これほど、安心することはない。

次第に、「人生」が、わたしに優しくなった。
わたしは、恐る恐る人生に近づいていった。

いや、実際、
「人生」から離れたことなど、
一度だってないのだ。けれど、

感覚として、そう感じるのだから、
私にとっての真実は、そうなのだ。

そして、実際に起こっていたのは、
わたしは、わたしと、仲良くなった。
ということだった。

わたしは、いつの時点かで、
自分を嫌いになり、
自分で居ることに嫌気がさしていて、
「死」のその時まで、
「時間を潰す」と、思っていた。

何をしても、自作自演の田舎芝居。
と、感じていた。

これは、好きになれない脚本を渡されて、
いつまでたってもしっくりこない役を、
いやいや演じる。そんな感覚があった。

ゲシュタルト以降は、
脚本も、役も、ない。

自分自身でよかった。
すーすーする感じは、あったけれど、
その手持ち無沙汰感も、新鮮であった。

わたしは、自由、だった。

同時に、責任があり、だけど、愛、があった。

拠り所、よすがのない感じが一瞬は
したのだけれど、
そんな時、自分自身に聞いて、耳をすませば、
身体の中を丁寧にさぐれば、
だいたい(必ず)、今、自分に何が起こっているのか、
そして、どうしたいのか、
で、何をするのか、何を言うのか、
それが、あった。

しかも、それは、その時にぴったりだった。

一度その言葉を掴めたら、
根拠なく、確信がある。

(ああ、なるほど、恐らくそれが「愛」というスペースから
出てくるんだな、と、想像した。)

(以前は、「恐怖」というスペースから
様々な指示が「私」へ出されていた。)

何が起こったかと言えば、
人生の責任を自分に引き寄せて、
人生の主体者を自分に据えていた。

ゲシュタルトセラピーのワークを受けることで、
その練習をしていたのだった。

ゲシュタルトセラピーは、
セラピーとは言うけれど、
治療モデルと言うには、少し違う感じがある。

プラクティスモデル、
練習や学習、実験、実践モデル、と言う方が、
わたしにはしっくりくる。

そして、ワーク(セラピーのセッション)で、
その練習をしていると、
結果的に、セラピーになっている。
それは、何より確実なセラピーである。

人生を、自分の責任において選択していく
その覚悟、或いは、手放し感、
その両方に、親しんでいく。

いつしか人生という大きな河へダイブする勇気が
備わっている自分に出会う。

これは、ちょっと、わぉ!なことだ。

「ゲシュタルト的な気づき」の練習は、
セラピーにもなり得る、し、そして、
同時にコーチングでもある。と言える。

ワークを終えると、
エネルギーが湧いている、
パワーがこの手に戻っているのがわかる。

自然と、歩き出している。

アタマと、カラダと、心、魂と言ってもいいかもしれないが、
すべてがひとまとまりとなって、「今ここ」の状態で
事に当たる。

これは、非常に頼もしい感じがする。

そして、人生と仲良くなった。
人生を今、生きている。と言えるようになった。

今となっては、当たり前のこの感覚。

そして、やっぱり、時々わからなくなるとき、
わたしは、ワークを受ける。

そして、そんな場がある、というのは、
わたしにとって、とても、いいことだ。
と、思っています。

そして、私自身が誰かのそんな場所で在りたい。
そうで在れたら、なにより幸いだと思っています。

そんな、想いを持って、セッションをやっています。

お会いできたらうれしいです。
ありがとう。


***



〜個人セッションでお会いしたいです〜

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by masumihug | 2016-11-06 15:40 | セラピーのご案内

言葉に頼りすぎると

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ルミネweb siteより

「言葉に頼りすぎると
退屈な女になっていく」

このコピー、
好きです。

そうだね〜
ほんとだね〜

と、即座に反応している
自分に気づきます。

自分を表現するものは、
言葉だけじゃないですもん。

言葉になる前のもの、
既に、あなたは表現しちゃってるし。

まず、「呼吸」が表現しちゃってる
だろうし。

態度や、姿勢や、
首の向きや、etc....

カラダは常に、表現しています。

もうツッコミどころ満載です。

ほんとにかまってちゃんです。

ホラホラ、
足の親指がぴーんて
なってるし。笑

気づいてないのは、
当の本人だけだったりします。

あまりに自分自身のことは、
自分では気づきにくいんです。
それは、当然のことなんです。

だから、セラピスト、ファシリテーターが、
います。

セッションは、
自分では気づいていないことに
気づいていく場。
です。

そこに、大きな発見、
変容への入り口が開いてます。

言葉だけに頼りすぎるのは、
おもしろくないです。

その人の、ほんのほんの僅かな部分しか
使ってない。

本当はおもしろいあなたなのに、
それじゃあ
足りないです。
勿体無いと言うべきか。

セッションの中でも、
クライアントさんが言葉だけになっている時には
実感が伴っていないのが伝わってきます。

薄っぺらな感じがします。

そんな時には、
「しっくりしていますか?」と聞いてみます。

そのようなところで、
小さくまとめるような残念なことには
したくないので、確認していきたいのです。

クラアントさんは、やっぱり分かっています。
身体の何処か、自分の中の何処かに、
「拾いきれてない言葉がある」
ということに、気づいているんです。

そして、更に探求を深めます。
深まっていくことがあります。

クライアントさんは、
「ああ、そうか、もっと深めていいんだ」
「ここで良い子にならなくて良いんだ」
と、更に探求の手を伸ばしていきます。

そうです、そこからがおもしろいんです!

一見行き止まり?
その先に、未開拓の、更地(に見える部分)があります。
今回やるとしたら、そこです。
せっかく時間と場所を設定して、
お金を払ってセッションにいらしたのですから。
だから、そこへ行きたいんです。

だけど、勿論、もっと進むかどうするかは
クライアントさんに決定権があります。
だから、確認しながら進めます。
私としては、いつでもスタンバイOKの
姿勢で居たいと思っています。

そして、
「言葉」に戻ります。

恋人同士や夫婦も、
言葉に頼り過ぎている時、
言葉がまったく受け取られない、
受け取らない、或いは、
言葉尻を捉えたやり合いへ発展していく
ことがあります。

たくさんの言葉が発されるのに、
まったく伝わらない。
同じ日本語を喋っているのに。
虚しい。

私たちは普段、
言葉だけをやり取りしてるんじゃないですものね。

言葉だけじゃ足りないんです。

もっと他の部分でもたっぷり表現している。
受け取り合っている。

パートナー同士も、息が合っている時には、
言葉以外の全てのチャンネル、
レベルで、受け取り合っている。
もしかすると、そんな時に言葉が果たす役割は
小さな部分で十分。

だから、惹かれ合ったのでしょ?

相手に頭にきている時は、
それらの微細なやり取りを敢えて無視しているの
ですね。

そんな時は、
「無視したい」
その動機を見ていきたいです。

きっと、もっともな意味があるんだと
想像しますもん。

そこを大事にしたいです。
言葉にするとしたら、その部分です。

相手を批判する言葉じゃなくて。
もっともっと自分の内側の
もしかしたら拗ねている自分の
その奥にある(だろう)願いの部分。

そこに、言葉がきっとあります。

それと出会うと、
「あぁ〜!」よろこびがあるはずです。

身体は、脱力するかもしれません。

とってもシンプルになれます。

そして、その言葉は、
相手に伝えることができる程に、
もっともで、
的を得ていて、
ひょっとすると素朴で、
それでいて、
力を感じるものかもしれないです。

そして、
「この言葉こそ私自身だ」
と、感じられると思います。

だから、見てみる価値があるんです。

それを、表現すると、
何が起こるでしょう。

見てみたいです。



〜個人セッションでお会いしたいです〜

120分間、自分自身に最大の興味と関心を向ける
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by masumihug | 2016-11-04 12:34 | 個人セッション

ほおっておくと、
すぐにどっかへ行こうとするけれど、

その前に、
最もリアルな今の現実と、自分は
ほんとに一緒に居るんだろうか。


現在位置も知らぬまま、
どこへ行けると言うんだろ。


つまり「今ここ」に居てみようとする
ありとあらゆることに、
興味があって、探求してきた。


「カラダ」を通じてそれを知ることが
もっとも確かで、易しくて、やさしい
と、知ることになりました。


ゲシュタルトも、ハーモニー体操も、
その仲間です。


私が、大好きで、興味の尽きない世界。


探究の、安全な方法です。


世の中にごまんとあるハウツー本。

「すぐにどっかへ行こうとする」

「どっかへ行かなくちゃいけないような気がしている」

人たちのニーズを満たす。


それは、あたかも地図とか、

路線図のよう。


だけど、あなた自身が今現在どこに居るのか?

それが分かっていなければ、

その地図がどんなに立派でも意味がない。


現在位置がなければ、

始められないです。


どこにいるのか、

幻想や想像じゃなくて。

実感や、実体を伴ったものへ。


こんなふうに言っていいと思うのだけど、

自分自身の現在位置がカラダごとで

実感できたとき、

おのずと、何処へ行けばいいのかが

分かってくる。


というより、

今の自分が何を欲しているのか、

どしんと受け取る。或いは、それと同時に、

カラダが動き出すかもしれない。

もうアクションが始まるかもしれない。

確信があるはずです。


要は、

自分自身の中に確かにある

ニーズ。その核。

それと出会うということです。


その為に、

自分自身と居てみる時間が必要です。


自分自身のカラダに気づいていきます。

いつも、呼吸がそれを導いてくれます。


そんな微細なものに気づきを向けるには、

ゆっくり丁寧な時間と場所が必要です。


一見、遠回りに見えますね。

だけど、それは一種の関門?でしょうかね。笑


静かで、やさしいアプローチにそんな仕掛けがあるなんて。

見破った人だけが、通過できる。


なんて言うと、ちょっとおもしろいですね。


自分の中へ探究に行くこと。

それは、とてもおもしろいです。

ご一緒できたら、うれしいです。



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あなたのための時間です。
あなたがあなたと出会っていく時間になります。

 



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by masumihug | 2016-11-02 15:59 | 個人セッション

わたしを知って、わたしを生きる。神奈川県藤沢市にて、心理セラピーを行っています。ホームページこちらです。 https://kiku-therapy.jimdo.com/


by masumihug