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映画『メッセージ』観た


『メッセージ』観ました。
思いがけず、かなりおもしろかったです。

お誘いあって、なんの期待もなく、
予備知識もなく、ただ行ったのだけど、
行って良かった!!

私は、最近、家の敷地を通り道にしている猫と、
(その猫さんがなんとも可愛いので)
煮干しを使ってのコミュニケーションを
試みているのだけれど、
その「煮干し言語」と相通ずるものを
感じてしまい感慨もひとしおとなりました。

そして、

地球外生命とのコンタクトも、
地球内生命同士のコンタクトも、
隣の人とのコンタクトも、
猫とのコンタクトも、
起こってくることは同じ。

言語=思考
その背景に、文化、習慣、歴史。

それを無視しては始まらない。
敬意を払いたい。

そして、

「解らない」に出会うと恐怖に駆られて攻撃しちゃう。

そんな時代を散々経たんだから、
ちょっとばかしは賢くなって、

「解らない」に出会ったら、ちょっともっと近づいてみる。

で、

「あなたを教えて」
「あなたに興味があるの」
「わたしは、にんげん」「こんにちは」
(わたしは、こんな顔(姿・かたち)をしています)

まずは、挨拶から。
ちょっとずつ。
「星の王子さま」で、確かきつねが言ってたことじゃないか。

自分と、自分自身とのコンタクトの時だって、
同じトラブルが起こる。
頻発する。笑

やり方は、やっぱり、
文化、習慣、歴史、に、敬意を払う姿勢で、
挨拶から。

セッションの時は、
私も、クライアントさんの内側の「クライアントさん自身」に、
敬意を表すること、その人に教えてもらうこと、心がけてます。


ところで、

ヘクタポッドの繰り出す「文字」は、
成り立ちが「漢字」と似てる。

これは、英語圏の人の思考や常識に
フレッシュなインパクトを少なからず
与えるんじゃないかな。と、
想像しました。

とてもわくわくした映画。
インスピレーションをたくさん得ました。

今年は、映画の当たり年か。

a0205246_17335667.jpg
煮干し言語の一例
*追記です。
一つシーンを思い出しました。

映画の中で、言語学者のルイーズがヘクタポッドにもっと近づいて、
ガラスの壁越しに手と手を合わせた瞬間、それまでの情報量なんか比較にならない
程の情報を受け取る。(と、これはわたしの勝手解釈ですが。)

一種のインパスと言おうか、或いは、イルカの情報伝達を連想しました。
イメージ的なものを使って体感を伴う情報伝達
をするとたくさんの大事な情報を瞬時に伝えられます。

そんなところから、近づけば、更に、触れれば、
待った無しに大量の情報交換が行われます。

お互いの間に電流が流れるような。そして、それは、火傷するようなリスクの
可能性もあって。。だけど、お互いが、同じように相手を知りたい、伝えたいと強く
思っているからなのかもしれない。

ルイーズとヘクタポッドとのコンタクトのプロセスは、
個人レベルの好奇心を超えていて、
人類、宇宙市民、っていう大きなヴィジョンを共有する者同士の、
大いなる目的がある。という、ところで握り合えた。

そうわたしは妄想し、ぐっときました。

ヴィジョンのスケールが違うと、
カテゴリーエラーが起こるワケです。

大体の場合、気づいてないのです。

もうそこら中で頻発しとるよ。笑
(仲良くなれるはずの夫婦・上司と部下・恋人、あらゆる二人の間で。。)

いやはや、良かったです。



〜個人セッションでお会いしたいです〜

120分間、自分自身に最大の興味と関心を向ける
あなたのための時間です。
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by masumihug | 2017-05-28 17:51 | 所感

自分の席に座る

a0205246_12350653.jpg
一日に何度か、
「自分の席に座る」という
ことをします。

それをして初めて、
何かを始められる自分で
あるように感じます。

「瞑想」を習慣にされている方も多いと思います。
少し似ているかもしれないです。

私にとっては、
自分自身の三つの領域(*)が、
ひとまとまりになっていくのを感じられる
ルーティンみたいな感覚があります。

一番の恩恵は、
空の空間が空くこと。

空という字が三つ並びましたが。笑

それは、感覚的なものではありますが、
身体の中に、アタマの中に、
カラダの周囲に、スペースが空く感覚があります。

自分の胸の前辺りに作業スペースが空くような
感じでもあります。

「さあ、何が入ってきてもいいよ」というような。

それは、地に足つく感じでもあります。
頼もしさ、でもあります。

そして、ここまでのプロセスは、
文字通りルーティン化しているようで、

その空間が空くと即座に、
そこへポンと何かが入ってくることもあります。

なので、
終わった時に、「あぁ、そうか〜。。」というような
発見がやってきたり、
「大事な忘れていたこと」を思い出すこともよくあります。

そんなことが、起こります。
フレッシュに、何かに取り掛かかろうとしている自分にも気づきます。

(*)三つの領域とは、
ゲシュタルトの用語で言うところの
内部領域(身体感覚)、外部領域(五感)
そして、中間領域(思考)です。

ほんの5分。
長くても15分ほどです。

私が、ゲシュタルトにおいて自分の先生と勝手に
定めている方の言葉を借りると、
それは、スノードームに例えられます。

雪や塵のようにカラダの内外に浮遊している断片が、
静かに静かに、地面へ降りていく様です。

それは、思考の領域の断片であることが多い
かもしれません。(思考を悪く言うつもりはありません。)

パラパラ、チラチラしたものがすべて地面に降りると、
クリアな空間が出来上がっています。あの感じですね。

自分の席に座るとき、
ツールにしているものが
いくつかあります。

坐骨がマットや座布団、床に接する感覚などの身体感覚。
そして、ある特定の砂浜、私の大好きな場所であって
私の土台であることを思い出させてくれる象徴風景なのですが、
そのイメージ。
そして、呼吸です。

これら、自分の席にふわっと降りる為のハンディーな道具は、
これからも増えていくかもしれません。
(身体の部位や呼吸は、いつも持ってるワケだから
文字通りハンディーですよね。笑 
イメージだっていつもアタマの中に格納されています。)

いくつか道具があれば、
環境を問わず、条件を問わずに、
「自分の席」に座ることで得られる境地を
自分自身に招くことが容易になります。

その恩恵、
具体的に言うならば、
私にとっては、

日常における休憩場所、または一時避難場所になり得ます。
野生動物の巣のような、安心して毛づくろいができる場所。でもあります。

私が、私を思い出す。
私が、私にくつろぐ場所。
安心して、呼吸ができる場所。
とも言えます。

誤解を恐れず言えば、
「重力と空気があるという恩恵」を心から感じる時もあります。

私は、クライアントさんには「ホームポジション」と言ったりします。
戻る場所です。
(セッションの中で、こんな瞬間がクライアントさんに訪れることが
あります。
体感で知ることは、本当に宝だと思います。)

ちょうど柳の木に似ています。
柳はしなやかでものすごく揺れます。そして折れることなく復元します。

「戻る場所を知っている」しかも、体験的に。
実は、ものすごく大事なことだと思っています。

人生で少しの冒険へダイブするということが選択肢に入ることを
許すことにもつながるとも言えるでしょうか。

人生をやっていくって、予期せぬことの連続で、
そんなことは分かっているけど、やっぱりその度びっくりします。笑

そんな、衝撃の瞬間でも、呼吸くらいは出来ると思い出すことができます。

呼吸ができれば、そこに物理的に座る場所がないとしても、徐々に、
自分自身が自分の席に座っていくのを感じます。

一旦自分の席に座ってから、
その状況を眺めて見ると、さっきまで見えていたものとは、
もうちょっと違う景色に見えてくることがあります。

「ふんふん、それで、ここはどうなっているのかな?」
より具体的に、よりリアリティに近寄ります。

よく見てみたら、
自分に、新しい色を加えるような、それが意外と似合う色だって
発見するようなよろこびだったりします。

その逆を発見して、それを止める選択へつながっていくこともあります。

「自分の席に座る」
こんなに小さな一手間なのだけれど、
奥深いものがあります。
恩恵は、大きいのです。

臆病なくせに、同時に、人生を逃さずに生きたいと願う、
欲張りな私には。

「自分の席に座る」ご興味ありますか?
ご一緒にいかがですか?


*写真は、うちの猫のコタくん。
私が自分の席に座るをやっている時、
時々やってきます。足の間にちょうど良く
収まっていますね。笑



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by masumihug | 2017-05-20 22:49 | 私のこと

思考とのつき合い方


Here's to the fools who dream.


先日観た映画、

『LA LA LAND』

の、核となるキーワード。


「夢見る愚か者に乾杯」


良い映画でした。



そして、


夢も思考だよね。と、考える。


ワクワクして自分を突き動かすような夢も、

繰り返し思い出す苦い思い出も、

座右の銘も、


思考の領域のもの。


ですよね。


思考は、使いよう。

なわけです。


それによって

自分に何が起こるか、

起こってくるか。


A 夢を語っている時

B 苦い思い出を思い出している時

C 座右の銘としている言葉を思い出し口に出し唱える時


それぞれのものがおありの人は、

やってみてください。


カラダの感覚で何が起こりますか?

呼吸はどうですか?

心臓の鼓動なんかはどうですか?

姿勢は?


そして、目の見え方はどう?

皮膚の感覚は?


あるいは、そんな感覚に全く気づかなくなっている?


あるいは、気分はどうですか?

表情は?


ABCそれぞれに、

違いが起こることに気づくかもしれません。


思考をどんな風に使うか。

つまり、自分にとって好ましく使うことができるか。


(と、言っているこのこと自体も思考の領域の受け持ち。)


そして、そのことに気づいているかどうか。


が、キーになります。


気づくには、どうしたらいいでしょうか?


検証すること。

だと思います。


思考と、その創りだされているものをよくみてみる機会を持つこと。

瞬時に起こっているところを、

ゆ〜っくりにして。

それと向き合うこと。

事実の検証。

実際のところ、何が(自分に)起こっているんだろう?と。

観察するように。


意外とそこがなおざりにされていると私は思うのです。


例えば、

良き思考。と言われているものを採用して、

できない自分を責めるのは検証ではない。

です。雑過ぎます。


出来たか出来なかったか。は、

「それが自分にはフィットしない」

が、明らかになったというだけのこと。


それは、一つの入り口。

そこから始まり。


例えば、

「早起きは三文の徳」って思考があったとして、

1日しか早起き出来なかった。とか。


(もうちょっと良い例ないかな。汗)


検証をしたくないなら、「出来なかった」ことを嘆くのは無駄。


そして、もう一つ言うなら、

出来なかったことより、

その前のそうしたかったその動機の方を見ていく方がもっと大事だよね。


その思考を採用しようと思った時、

私には、どんな動機があったのか。

あるのか。


それは、

「私にはどんな願いや想いがあるのか」


それは、更に、

「私がこの世界で作りたいものはなんなのか?」

へ、繋がっていく問い。


出来なかったには意味がある。

すごーく重要なメッセージがそこにある可能性があります。


だから、

自分への問いかけの始まりに出来ます。


自分探求の入り口がぱかっと開いた瞬間。

とも言えるかもしれない。


そして、

もう一つ興味深いのは、

「出来なかった」と嘆くことで、

ひょっとすると、

そこを探求することを避けている可能性がある。


自分自身と向き合うことを先延ばしにしている

可能性もあります。


自分自身と向き合うということについて、

ものすごく深刻で恐ろしいことだと

想像している可能性があります。


人の無意識ってものすごく巧妙なんです。


だからといって、

そこを無理やりこじ開ける必要はないです。


もし、

これがセッションの中で起こって来るのなら、

やさしく招待したいです。


もしかしたら、

複数回のセッションを経なければならないかもしれません。


そりゃあそうです。


安心を確保する必要があります。

安心が確認できなきゃ。


そして、

その数回のセッションは無駄かというと、

まったくそうではありません。


クライアントさんは、

自分自身の塩梅を確認して、

自分で選択するという経験を自然にすることに

なります。


それは、日常で実験するのは難しいのです。


いちいち、自分自身とコンタクトしていくやり方です。

自分自身を大切にすることを体験的に知っていく道筋になります。

責任を、自分に引き寄せていく練習です。


どのセッションも無駄ではないです。


そんなやり方は、愚かに聞こえますか?


私には勇者に見えます。





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by masumihug | 2017-05-19 01:10 | 個人セッション

クライアントさんの声

アマゾンでレビューを見て買い物する。
は、当たり前。


だけれども、
私は、クライアントさんに対して、
『ウェブサイトに載せるのでご感想をください』
などとは、とても言えませんでした。


一方で、
ワークを共にしたグループの中や、
安全を確保した環境の中で為される
「体験のシェア」というものが
どれだけ人にとって有益なものか、
自分自身の体験として、
知っています。


「シェアの効用」絶大にあります。


セッションを終えたクライアントさんから
頂くメールの言葉には、体験を経た人
にしかない力を感じます。


冗長な説明文ではなく、
端的な言葉で十分役を果たすんです。


私は、しょっちゅうクライアントさんの言葉に
シビレます。


どうやったら、クライアントさんの安全を
脅かさずに、この珠玉の言葉たちを
他の誰かと分かち合うことが出来るだろう?
私だけにとどめておくのは勿体無い。
とずーっと考えていました。


この度、「クライアントさんの声」を、
私のウェブサイトに掲載させていただきました。


エコー(Echo)のスタイルにすることで、
プライバシーに目配りし、しかも、
ゲシュタルトの文脈を保つことが出来ました。


クライアントさんのご協力の賜物です。
感謝しかありません。


この言葉たちが、
必要な人へ届くと信じています。







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by masumihug | 2017-05-06 02:05 | クライアントさんの声

わたしを知って、わたしを生きる。神奈川県藤沢市にて、心理セラピーを行っています。ホームページこちらです。 https://kiku-therapy.jimdo.com/


by masumihug