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強いのはどっち?


ここのところのマイブームは、
『衝動』。

いいや、ゲシュタルトと親しんでから、
身体感覚との経路が繋がってから、
その自分自身の「衝動」というものには
親しみを持っていたはずだし、
ある程度関係を構築して来たと
思っていたのだけれど、

まだまだ
そこは、拡大可能だったみたいです。

ということにうっすら気づき始めて、
それから、
自分自身の「衝動」に
もっともっと丁寧に
耳を澄ましてみています。

試し試し、実験しています。

「衝動」さんを、
どうしょもない人だと、
ものすごく荒ぶる人物だと、
ものすごく狂気の人だと、
手に負えない人だと、
思い込んでいたかもしれない。

例えばこれを、
「外交」に置き換え考えてみれば、

自国より大きな力があると想定されたら、
それより軍備を拡張して備える。
が、常識。

あるいは、それを大義名分にして。
新しい武器を買う。

同じことが、
自分の中でも起こっていて、
そして、
それは、
ある種の妄想を根拠にして、
それを抑え込む力を増大させている
可能性がある。

抑え込むこと。
「コントロール」するとかしないとか、
言い方は様々だけど、
要はそういうこと、
そんなノウハウ本が巷にたくさんある。

巷では、
「抑え込むこと」それは、賞賛に値する。
みたいです。

それは、
自分自身がものすごい攻撃力を持つ。
ということかもしれないです。

その攻撃は、何に向けてかと言えば、
自分自身に向けている。
銃口を。
自分自身を、脅している。

こうなると、
攻撃体勢から、任務から降りることは出来ない。
24時間。

なんでかと言えば、
自分と自分は常に一緒にいるから。

疲れますよ。

気が抜けません。

「恐怖」と関係があります。

(恐怖があるところは、大きなマーケット
でもありますよね。)

見えないもの、
わからないもの、
予想できないもの、
に対して
人は恐怖感を持つようになっていて、

恐怖感は、
思考の中でどんどんインフレーションしていく。

妄想が膨らめば膨らむほど、
相手は大物になっていく。

言い換えれば、
相手に対して自ら力を与えています。

ただし、それは、
あくまでも妄想の中でのこと。

自分自身の衝動とは何か?
それそのものを精査していない可能性がある。

対象そのものとのコンタクトが
欠けている。

対象、この場合、
自分自身。

皮膚より内側に居ますよ。
どっか遠くの国じゃありません。

生身のコンタクトが
すぐにでも可能です。

想像の中ではなく。

身体感覚への気づきをもう少し多めに
ブレンドしてみることができます。

ゆっくりゆっくりです。
いきなりはダメです。
礼を尽くします。
親しい中にこそ礼儀あり!

もしかしたら、
それは、
そんなに恐ろしいものじゃないかもしれないんです。

実際のところ、
どんな想いがあって、
どんな願いがあって、
どんな動きをするのか。

どんな音を出すのか。
どんな言葉を言い出すのか。
どんな感情を持っているのか。

そこに、何かストーリーや歴史はあるのか。

そもそもそんなものがあるかどうかさえ
無視していたことにも気づくかもしれません。

「誤解」があるかもしれない。

もしかしたら、
実は、もっと、素朴なものかもしれません。

もしかしたら、
どこかピュアで、
儚さを含んだものかもしれません。

だけど、
どんなに抑え込んでも
脅しても、へし折れず、
いつもそこにある。
そんなタフさを兼ね備えてる。
ことは、確か。

こちらがどんな武器で脅しても、
どんな思考という言葉の武器で脅しても、
ノウハウ本の誰かの方法で操作しようとしても、

頭を引っ込めはするけれど、
生命までは失わない。

そこまでの生存力を持っている。

それは、

あなたの生命と
関わりがある。と、仮定してみると
どうだろう。

あなたは、あなた自身を殺す殺戮部隊を
養成しているってことに気づくだろうか?

あなたの中で、あなたの死が起こっている。

としたら、どうだろう?

そこで、
実際には何が起こっているんだろう?

その「衝動」そのものになってみたら、
どんな呼吸をするでしょう。
どんな音が出るでしょう。

それは、そんなに迷惑なんだろうか?
それは、そんなに狂ってるんだろうか?

コツは、ゆっく〜り辿ること。
スローモーション。
身体を使うこと。
呼吸を使うこと。
口に出しながら。

試してみることができます。
対話が、可能かもしれません。

あなたの衝動は、
あなたの言うことを聞いて、
あなたの要求の通り、
死んだように
なりを潜めていますが、
その実、あなたと片時も離れずにいて、
あなたの助けになろうとして、
「死ぬ」という選択肢は持ってなくて、
だから、絶対に死なないということに
気づくかもしれません。

あなたを底で支えていたのが、
あなたが死のうと思った時に踏みとどまらせていたのが、
このあなたが厄介だと思っていた「衝動」
だとしたら?

あなたをあなた自身だと思う時、
あなたがイキイキとする時、
あなたがカラダ全体で自分だと実感している時、

この衝動と一体となっていた瞬間だったとしたら?

ゆっくり、丁寧に、
スローモーションで、
自分自身に気づいていくことができます。

私とあなたの二つの気づきで、
やさしく見守りながらです。

自己理解のプロセスに、
大きな一歩を加えるかもしれません。

ご興味あれば言ってください。




〜個人セッションでお会いしたいです〜

120分間、自分自身に最大の興味と関心を向ける
あなたのための時間です。
あなたがあなたと出会っていく時間になります。

 



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by masumihug | 2017-06-25 14:54 | 読んでほしい記事

空間を埋めないと

スケジュールを埋める

沈黙を埋める

わたしたちが、つい埋めたくなってしまうもの。

埋めないと、
何が起こると想像しているんだろ。

どんな恐ろしいことを想定しているのだろう?

埋まっていないことが間違っていないとしたら?
その空間に意味があるとしたら?

ひょっとして、
それがプロセスの流れを、
邪魔しているとしたら?






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by masumihug | 2017-06-22 07:28 | 個人セッション
ワークの中で登場して来た人物を、
エンプティチェアへ招待することがあります。

ゲシュタルトセラピーの中の技法で、
特徴的な、「エンプティチェア」という
ものがあります。

もちろん、
セッションの時に、
浮上して来た人物に実際にその場へ
来てもらうワケではないです。

どのようにするかと言えば、
空の座布団を用意して、
ワークしている方に、それをぴったりの場所に
置いてもらいます。

なぜか、ココという場所があります。

そして、
その空の席に、その話題にのぼって来た人物に
座ってもらうのです。

人物と言いましたが、
人物ではない時ももちろんあります。

通常だったら形を持たないものを
そこへ招待することもあります。

『頭痛』とか、
「笑い」とかって場合もありますね。

なんであれ、今、ここでクライアントと
向き合う時がやって来たモノです。

例えば、
私の昨年初めのワークでは、
私自身の「子宮」と「子宮筋腫」を招待しました。

何が起こるかは分かりません。

そして、
そこに席を作って、
互いに座ってみるところから始まります。

イメージを使います。
だんだん、体感が伴って来るのに
気づくかもしれません。

「座れない」
あるいは、
「どうしてもその人をそこへ座ってもらうことが出来ない」
が、起こって来るかもしれないです。

で、あれば、
既に、何かが起こっていますね。
すごく。

なんであれ、
起こっていることを信頼していきます。

エンプティチェアは、
とてもパワフルです。

こうやって書いているものを読んでいても、
一体そのどこがパワフルなのかは分からない
かもしれません。

クライアントにとっては、強烈な体験に
なる場合があります。

つまり、
クライアントしか分かりません。

ゲシュタルトの継続的な問いかけ、
「今、何に気づいていますか」
「今、何と出会っていますか」

によって、

表現されるものを、表現されるままにしてほしいです。
それを、邪魔しない、または、
勇気づけるのが、私のやること。

そして、
セッションの中で、エンプティチェアを経験された方も、
もしかしたら気づいていらっしゃらないかもしれません。が、

その向き合っているモノは、
ご自分自身です。

自分自身の中で、葛藤しているその葛藤それ自体を、
想像の中ではなくて、この世で再現しています。

思考の中で行われていることを、
今ここで体験するというやり方です。

例えば、会社の同僚や、母親や、パートナーの席を作って
対話をしていますが、
実は、それは、パペットに過ぎないです。

その中身は自分自身の中に確かにある質です。

パールズがその著書の中で、
こんなふうに言っています。

引用してみます。

人の、そして、部分の各々を取り上げ、それらを互いに出会わせてみるのです。脚本を書いてください。「脚本を書く」と言うのは、相反する2つの部分に会話をさせるという意味です。そうすれば、特に正確に両極を捉えれば、それらは常に、互いに争いを始めるものだと言うことがわかりなるでしょう。すべてのあらゆる部分は、あなた自身であり、あなたの投影なのです。そしてもし一貫性に欠く両極、矛盾する両極があり、それらを互いに争わせるなら、あなたは永遠の葛藤ゲーム、自虐ゲームをすることになります。その出会いの過程が進む中で、違いを理解し認めることに至るような、二つの相反する力の調和と統合に至るような、相互の学びが生じるのです。そしてついには、内戦は終結を迎え、エネルギーは外界との闘争に向けて備えられるようになるのです。


『ゲシュタルト療法バーベイティム』

第四章 神経症とはー無・レスポンスアビリティ・変身・夢


葛藤ゲーム、自虐ゲームは、
退屈しのぎにはおもしろいかもしれません。

そして、もしかしたら、
それを、知的な思考の活動だと
思われている方もいるかもしれないです。

深遠な哲学的なテーマ。と、言って。

そして、
だけど、そのゲームが、自分にとって好ましいものを
生み出していないような気がして来たなら、
検証する時です。

そして、
身体がへとへとに疲れていることに気づいて来たなら、
ワークの時です。

その身体の感覚がワークの入り口になります。

自分自身の中での内戦で、
自分自身の殺し合いが続いていたなら、
最後の一人まで殺してしまいそうなら、
その前に、試しにワークをしてみるのも
悪くないです。

内戦に精魂尽き果てて、
大事な外界とのやり取りに使うエネルギーが
ないのじゃない?

自分自身と和解して、
自分自身を味方にして、
自分自身を逞しいチームにして、
人生っていう外界との接触を
意気揚々とやっていきたいと思うのです。

こんなふうに
ちょっと強めに思い、願うのは、
かつての私をそこに見るからにほかならない。

「かつての私」と言うけれど、
その質は、何も変わることなく私の中にあるのです。

強い衝動とエネルギーの動きです。
それを自分自身の質だと認めて、
それと仲良くなる方法を編み出して、
それをリソースとして自分にとって好ましく
使って行くことに今は、工夫をこらしたい。
と、思うようになった。

そうでなければ、
かわいそうだ。

外界に理解者を探す、
それもいいけど、
その前に、
自分自身が、自分の最大の理解者に
なる。

そう在りたいと思っています。

ゲシュタルトの気づきのアプローチが、
自己理解のプロセスに貢献することを
願っています。





〜個人セッションでお会いしたいです〜

120分間、自分自身に最大の興味と関心を向ける
あなたのための時間です。
あなたがあなたと出会っていく時間になります。

 



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by masumihug | 2017-06-12 18:33 | 読んでほしい記事

わたしを知って、わたしを生きる。神奈川県藤沢市にて、心理セラピーを行っています。ホームページこちらです。 https://kiku-therapy.jimdo.com/


by masumihug