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映画『心と体と』

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鹿が人間よりもセクシーだった

『心と体と』観ました。

鹿がね、にんげんよりもね、セクシーだった。

ことばなくね、コンタクトするんだね。

夢の中の鹿として、主人公の二人はとても上手にコンタクトする。

ことばは要らないし、自分自身の衝動と、目の前の鹿の発するものに応答すればいい。

走ったら、追いかける。小川で水を飲む。憶測も忖度も要らない。

オス鹿が雪の中をほじってたくさんの柔らかな葉っぱをくれた。美味しい。うれしい。

オスはオスであって、メスはメスであれば良い。

ひとたびこっちの世界へやってくると、鹿で在った時のすべてを止めて抑える。

オスはオスでいちゃいけない。このメスは、この世での在り方すらわからない。

この世の他のメスは、欲しいものがある時だけ自分のメスを使っている様にも見える。

あるいは、自分がメスだということを思い出し続ける為にオスを誘惑したりしている。ようにも見える。


主人公の男女は、抑制し、憶測し、別の方法で処理し、日常を優先し、時々死にたくなる。

だけど、夢に橋をかけていく。信じてみることを信じたい。


そして、とうとう絶望まで触れないと、自分を止めることが止まらない。


最後は、夢の中が空になった。

橋を渡って、生命体みたいなものがこちらの世界へやってきたみたい。


だからと言って、わたしは、これがハッピーエンドだなんて言いたくない。

これが、純粋な愛だとか言う人がいそうで、すごく警戒している。

できれば、そう言う人を見つけたら、修正して回りたい。
大きなお世話だってわかっているけど違うよって言いたい。


二人が、この世でのやり方で一瞬の意思の疎通をして、
肌を合わせることが起こったけれど、だからと言って同じものを共有している訳じゃない。
この映画は、そういうことじゃないんじゃないかな。
わたしには、まさに同床異夢に見えた。
だからと言ってそれ以上の高尚なものでもない。

この映画は、
「まあ、人間の営みはそんなに高尚なものじゃないよ。
下世話で下品で時々ずるい。なんだけど、
だからと言って、それが罪深いと言うことではまったくないよ。まったくね。」
と、言っているように、わたしは解釈した。


「これはハッピーエンドじゃない」と言っているけど、
悲しくも不満でもないよ。だってこれがリアルだものねと思う。

彼女は、彼というちょうど良い安全な練習台を得て、
自分自身に今、夢中になっているように思う。
初めて自分自身にコンタクトしているように見える。

わたしの体。わたしの感情。と出会っていて、そして、よろこんでいる。


彼は、久しぶりに自分自身の色恋の相手を手に入れて、
この映画で強調されている「交尾」をしばらくは楽しむんだろう。
そして、やっぱり通り過ぎていくんだろうな。
そんな、人生のいっときを丁寧に切り取っている作品のように見える。
同時に、人のある種下世話な営みに犯罪のようにラベルを貼り付ける価値観への
アンチテーゼのようにも見えました。


もう一回言いたくなるけど、鹿がセクシーだった。

オスはオスで、メスはメスで。

体に無駄がなく。アイデンティティーを維持する為に努力する必要もない。

オスで居れば、メスで居れば、また、鹿でいることで、お互いの間で受け取り合っていて、
また、背景の自然とも受け取り合っている。

雪の森の中で生きるということにはもちろん努力が必要だけど、
自分で在ることにはまったく努力は払っていない。


それから、最後に夢の中の鹿は居なくなったけど、
森は依然としてあった。

橋はかかっているから、行ったり来たりするのだろうな。


夢、鹿、今年のキーワードになりそう。


ハンガリーの映画『心と体と』

TESTROL ES LELEKROL/ON BODY AND SOUL

監督






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by masumihug | 2018-04-29 01:22 | 所感

Aging Gracefully


新聞広告 

印象に残った

「40代と50代の女性合わせて1700万人のマジョリティ」

だって。。

わたしもその「マジョリティ」の中の一人。
ということになります。

マジョリティになったことなどついぞない
と思っているわたしがマジョリティを構成している。
という変な感覚。

何処にも属せず、属さず、
属することに憧れるばかりで叶わずに
今までよく生きてきたなぁと思う。

けど、
これを見て、

あぁ、こんなふうに可視化すると、
こんな感じで共に歩いていた女性たちが
いたんだよね〜、たぶん、と思う。

例えば、
最近連日メディアを賑わせているセクハラとか、そんな言葉もない時代、
何と戦ってるんだかもわからず、
悔しさに挙げた拳は行き先なく、
涙とともに自分に返し戻すしかないようなことをしてたのは、
多分、わたしだけじゃなかったんだろうね〜と、
振り返るくらいの時間が経てば、
わたしもまた大きな時代の気分の河の中で
こんなふうにゆっくり流れてたんだなぁと知ります。誰かと。


ゲシュタルトのおかげで、
いま隣に
目の前に、
誰と居るか、よく見るということを学びました。

そうすることで、
今ここに戻ることが出来る、
コンタクトが生まれる、
現実的な一歩が始まる可能性があると
知りました。

これは、幸いなことでした。

いま日本はかつてない程に平和ないい時代だなぁとつくづく思う。
けど、同時に、
わたしの人生でいまが平和ないい時代でもあるんだろうと思います

Aging Gracefully

「大人になる」とはちょっと違う。
それだけじゃ、ちと物足りないな。

歳を重ねる
成熟する
とは?

を、ゲシュタルトを知ったことによって
欲張っていけるかもしれないと思っています。



『Aging Gracefullyプロジェクト』ウェブサイトはコチラ↓↓
女性のふつうの表情っていいなと思いました。
なぜか涙が出ました。笑








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by masumihug | 2018-04-24 23:49 | 私のこと

頭痛ーる

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ある日の私の「頭痛ーる」の画面



みなさま、てーきあーつぅー🤘です。

多分、きっと、近い将来、
低気圧予報は、花粉と並んで
必要な情報になるでしょう。

影響として、
頭痛とか筋繊維痛症とかの方がおられるが、
その痛みはさぞかしと想像いたします。
が、私の場合は、も少し全体的で、、

言うのも憚られるが、、

強いて言うなら
「ろくでなし感」が、いつもより強まります。汗

しかし、これは、
笑い事ではなく、
「思考の列車」に私を誘う
恐ろしい予兆でありました。

これについて、
少し書いてみます。


あぁだるい、目が開かない、
と、ぼやきぼやきしていると、
私の前に「思考の列車」が
停まります。

その列車のドアが開くと、
私は、乗ってしまうのです。

その列車では
映画を上映しており、
かかる映画は毎回毎回同じです。

『ろくでなしの末路』という
酷い映像を大画面で繰り返し見ることになり、
それはそれは苦しいのです。

ある時、
これは、自分自身の自動的な
反応である。と、気づきました。

思考のトリックです。

そこに選択の余地があったことに気づいたわけです。

「思考の列車」に乗っている、ということに
気づいたワケです。

気づいて、、

そして、

身体の低気圧の影響による変化(不快感)と、
「列車に乗る」ことが切り離されました。

つまり、
「列車に乗る」ということが
選択肢の一つになったというわけです。

たいへん楽になりました。

即ち、これが起こっているときに、
一旦停止して、
「私は事実
​に関わってる?」と

問いかける
​ことが出来るということです。​

この「一旦停止」がとても重要です。

ここに「一旦停止」して、
「?」っと
周りを見回す余地があった!と気づくこと。

そして、「事実は?」と、
リアリティのチェックをすること。

ゲシュタルト的な表現をするなら、
「今ここ」に戻る、関わる。ということになりますが。

その事実とは、
身体の中で微細ですが、
柔軟に膨らむところとその膨らみにそわない箇所があって
歪みます。

その感覚が身体のあちこちで起こっています。

私にとっては低気圧のその時間帯は、その歪み感覚と共に過ごすことに
なります。
その感覚は心地良いものでは決してない。が、私自身がろくでなしである
というワケではない。と、い
​うことです。​


「い~や、あなたはろくでなしだ!」と、言う人がいるかもしれないですが、
こう書いている今でもその想像が膨らんできます。が、
「あ、想像しているね」と、
ひと呼吸とともに、
その想像に力を持たせないでいられます。

少なくとも、
自分で自分に拷問することは
なくなりました。

これは、私にとって命拾いに匹敵します。

もちろん、低気圧の影響を受ける自分自身はまったく変わりなく居ます。

だけど、

その影響と「どう共に居るか」が、変化しました。

「どう共に居るか」が、
甚大な二次災害、三次災害を
引き起こしている。と、
知ることになりました。

そのすべては、私の想像の中でのみ起こっています。

ゲシュタルトの気づきの
​アプローチ

ってこういう感じです。

もちろん、この列車に乗る一連のシステムを自分に導入した経緯は
あって、それは自分自身の歴史と経緯として、
そこに敬意を払うことも忘れたくありません。


そして、そのシステムが
検証の機会なく、稼働しっぱなしになっている事実そのものに
ただ気づいてみることが起こります。

その事実に関わることが初めて可能になります。

無意識って思考を使って、こうまでして何かを守ろうとします。
現状維持が生命維持であると主張します。

だけど、安心できる環境がひとたび整えば、
気づきのメカニズムが発動する瞬間が訪れます。

今の自分自身にとって好ましい選択肢を見つけることへつながる可能性が
出てきます。

少なくとも、
「おお!」と気づいて、
「好ましくない」と、
知ることだけでも大きな助けになる可能性が高いです。

大きな助けとは、生命力を取り戻すということになります。

エネルギーが湧いてくる、ということが即ち、生命維持を意味します。
思考は、安心します。目的が果たされていますから。

新たな道はまだ具体的に見えていなくても、
少なくともここ(身体)に生命力が動いている
ことを実感できればそれで十分です。

「思考」という人間の素晴らしい特徴の恩恵を受けたいのです。

このアプリの存在は、
私に選択の余地を思い出させてくれる合図の一つとして
あるように思います。

「気づいた」と言ったって、
長年慣れ親しんだ習慣というのはある種の強さを持っています。

自分自身の中に自分をサポートする仕組みを作るとき、
自分の外側でその助けになるものがあれば、
どんどん頼りにしてみればいいと思います。

自分自身を大切にしている自分に気づくかもしれないです。
そして、あるとき、
我慢ではなく、賢くタフな自分に気づくときがあるかもしれないです。











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by masumihug | 2018-04-14 16:40 | 個人セッション

『夢の探求』終えました

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3月26日(月) 、2度目の「夢の探求」を行いました。
今回も、とても濃密な探求の場となりました。場を共にさせて頂きました皆様、ありがとうございました。

3人の方がご参加くださいました。
私としては、
3人の巨匠によるそれぞれ異なる世界観を放つ
三つの映画を鑑賞したようなそんな時間でした。

私自身はワークをしたわけではないですが、
それぞれの方の世界を借りて、
自分自身の中で何かがゴロっとプロセスしていく
体験とも共におりました。
とても満たされたいちにちとなりました。

後日ご参加の方々よりシェア・フィードバックをいただきました。
公開にOKを頂きました方の言葉の一部を
ここに掲載させていただきます。
ありがとうございます。

★『触れるには恐ろしい程の真実』自分的にはこれがシックリきました。

普段自分の中には『コレ』が幾重にも殻に包まれていて、ある時、ふと、「無」に近づいた時、その存在に気づく。

「夢を見た」と表現しているけれど、実はちょっと違う「何か」なんじゃないか!?と感じたりしてます。

でもわけがわからなくなるので「夢」にしておきます(笑)

とにかく夢の探求、探究?は楽しい。

視点をどんどん替えて味わえる、マルチビュー自分ムービー(笑)


★私も皆さんとの場に居合わせて、心から感謝しています!気づき、成長して変化していく人間は美しいなぁと、だいぶ飛躍した感想ですが、そんなことを思いました。

ワークショップの後から、夢を見ていません。ですが、ワークショップの日の夜は本当に熟睡をしたのです。あんなに目覚めが良いのは久々でした!

翌朝、気がついたことは、体の右側がとても軽かったことです。右腕は脇の下がないみたいに軽く、手のひらは今までよりも開きやすいのです!右足も同じく、足の裏も、ふくらはぎも軽いのです。

歩いてみました。両足を意識しました。(夢の中で車イスだった足です)「頭がふわふわと考えようとも、私は進む方向を知っています」自ら放った言葉を思い出しました。両足が、しっかりと地面についている感覚、今までにない安定感なのです。グラウンディングっていうものなのでしょうか。だから、ちょっと頭が「次の角を左に曲がらなきゃ」とか「会社に行ったらまずあの仕事をやらないと」と考えつつも、それで感情には影響せず、不安や焦りでいっぱいにならないのですね。体を信頼するってこういうことかなぁと思いました。


***

*それぞれの方にそれぞれの世界と文化と歴史がおありです。

ワークの目的も様々です。

特に私から注釈を付けることもしません。

そのまま掲載させて頂きました。

「夢の探求」は、これからも継続的に行っていけたらと思っています。
ご希望がありましたらお声かけいただけましたら幸いです。


『私の中の、私と(もっと)関わりを求めている私の部分と出会う』機会
そして、統合への道筋となればとファシリテートいたします。

〜〜〜

*次回のワークショップのお知らせをさせていただきます*

「あるがまま」や「Being」、

私のゲシュタルトのせんせーの言う「壊れているならなおさない」

の周辺を探求するつもりです。

更に更に「何かと共に居る」を深めていけたらと願っております!!

探求をご一緒出来たら幸いです。

5月4日みどりの日か6日(日)はお一人ご参加表明を頂いていますので

あと一人かお二人募集中でございます。(^_^)




あなたがそのままでいいのだったら?

あなたの人生で、

直そうとしてきたこと

変えようとしてきたこと

なくそうとしてきたこと

ありますか?

あるいは、

隠そうとしてきたこと、と、言ったら、何か思い浮かびますか?

あるいは、

自分の中で、ここは人に知れたらまずいと考えていること

これを知ったら人は私を愛さないと考えていること

これがあるから、私は愛されないんだと考えていること。。

直そう、変えようと、今まで頑張って来ましたか?

もしそれが、

そのままでいいとしたら? 何が起こるでしょうか。

もしそれが、

間違ってないとしたら?

それ自体に意味があるとしたら? 目的があるとしたら? 

直そうとすることも、一つの関わりです。そして、その他の関わり方があるかもしれません。

その、長年直そうとされていた対象と出会い、対話をしていきます。

ゲシュタルトらしい、静かで、パワフルなワークです。

ゲシュタルト的な気づきを使って、自分自身との新しい出会い方をしてみます。

今ここで、何が起こるでしょうか。

*タイトル未定*
「あるがまま」の探求〜自分自身の体験に触れる力と信頼〜

5月4日(金)みどりの日 or 6日(日)
10:00~17:00 @藤沢セッションルーム 4000円  定員3名(2名min.)

お申し込み・お問い合わせ先 💌  masumihug@gmail.com さのますみ

*自分自身の滋養とする為に探求の機会を求める方の場であれるよう、「気づき・選択・信頼」のゲシュタルトのもっとも根幹をなす三つの要素が発現されるよう、たっぷりの時間とスペースを確保して、ゆっくり丁寧に、またステップを踏んで、プロセスを邪魔をせず辿ってゆける場を作っていきたいと思い願っています。

*ゲシュタルトのワークのご経験のない方は、ご相談ください。事前にゲシュタルトの気づきや、「今ここ」に居る為のプラクティスの時間を設定します。(ご経験のある方でも思い出したい、プラクティスしたいというニーズのある方はぜひ言ってください。)

*日程のご相談ぜひどうぞ!

*このワークショップは治療を目的とするものではありません。

#Being #全体性 #あるがまま #セルフイメージ #アイデンティティ #リソースと出会う #統合 #大人になってからの成長 #成熟



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by masumihug | 2018-04-07 17:20 | ワークショップ

わたしを知って、わたしを生きる。神奈川県藤沢市にて、心理セラピーを行っています。ホームページこちらです。 https://kiku-therapy.jimdo.com/


by masumihug