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言葉に頼りすぎると

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ルミネweb siteより

「言葉に頼りすぎると
退屈な女になっていく」

このコピー、
好きです。

そうだね〜
ほんとだね〜

と、即座に反応している
自分に気づきます。

自分を表現するものは、
言葉だけじゃないですもん。

言葉になる前のもの、
既に、あなたは表現しちゃってるし。

まず、「呼吸」が表現しちゃってる
だろうし。

態度や、姿勢や、
首の向きや、etc....

カラダは常に、表現しています。

もうツッコミどころ満載です。

ほんとにかまってちゃんです。

ホラホラ、
足の親指がぴーんて
なってるし。笑

気づいてないのは、
当の本人だけだったりします。

あまりに自分自身のことは、
自分では気づきにくいんです。
それは、当然のことなんです。

だから、セラピスト、ファシリテーターが、
います。

セッションは、
自分では気づいていないことに
気づいていく場。
です。

そこに、大きな発見、
変容への入り口が開いてます。

言葉だけに頼りすぎるのは、
おもしろくないです。

その人の、ほんのほんの僅かな部分しか
使ってない。

本当はおもしろいあなたなのに、
それじゃあ
足りないです。
勿体無いと言うべきか。

セッションの中でも、
クライアントさんが言葉だけになっている時には
実感が伴っていないのが伝わってきます。

薄っぺらな感じがします。

そんな時には、
「しっくりしていますか?」と聞いてみます。

そのようなところで、
小さくまとめるような残念なことには
したくないので、確認していきたいのです。

クラアントさんは、やっぱり分かっています。
身体の何処か、自分の中の何処かに、
「拾いきれてない言葉がある」
ということに、気づいているんです。

そして、更に探求を深めます。
深まっていくことがあります。

クライアントさんは、
「ああ、そうか、もっと深めていいんだ」
「ここで良い子にならなくて良いんだ」
と、更に探求の手を伸ばしていきます。

そうです、そこからがおもしろいんです!

一見行き止まり?
その先に、未開拓の、更地(に見える部分)があります。
今回やるとしたら、そこです。
せっかく時間と場所を設定して、
お金を払ってセッションにいらしたのですから。
だから、そこへ行きたいんです。

だけど、勿論、もっと進むかどうするかは
クライアントさんに決定権があります。
だから、確認しながら進めます。
私としては、いつでもスタンバイOKの
姿勢で居たいと思っています。

そして、
「言葉」に戻ります。

恋人同士や夫婦も、
言葉に頼り過ぎている時、
言葉がまったく受け取られない、
受け取らない、或いは、
言葉尻を捉えたやり合いへ発展していく
ことがあります。

たくさんの言葉が発されるのに、
まったく伝わらない。
同じ日本語を喋っているのに。
虚しい。

私たちは普段、
言葉だけをやり取りしてるんじゃないですものね。

言葉だけじゃ足りないんです。

もっと他の部分でもたっぷり表現している。
受け取り合っている。

パートナー同士も、息が合っている時には、
言葉以外の全てのチャンネル、
レベルで、受け取り合っている。
もしかすると、そんな時に言葉が果たす役割は
小さな部分で十分。

だから、惹かれ合ったのでしょ?

相手に頭にきている時は、
それらの微細なやり取りを敢えて無視しているの
ですね。

そんな時は、
「無視したい」
その動機を見ていきたいです。

きっと、もっともな意味があるんだと
想像しますもん。

そこを大事にしたいです。
言葉にするとしたら、その部分です。

相手を批判する言葉じゃなくて。
もっともっと自分の内側の
もしかしたら拗ねている自分の
その奥にある(だろう)願いの部分。

そこに、言葉がきっとあります。

それと出会うと、
「あぁ〜!」よろこびがあるはずです。

身体は、脱力するかもしれません。

とってもシンプルになれます。

そして、その言葉は、
相手に伝えることができる程に、
もっともで、
的を得ていて、
ひょっとすると素朴で、
それでいて、
力を感じるものかもしれないです。

そして、
「この言葉こそ私自身だ」
と、感じられると思います。

だから、見てみる価値があるんです。

それを、表現すると、
何が起こるでしょう。

見てみたいです。



〜個人セッションでお会いしたいです〜

120分間、自分自身に最大の興味と関心を向ける
あなたのための時間です。
あなたがあなたと出会っていく時間になります。

 



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by masumihug | 2016-11-04 12:34 | 個人セッション

友達がたくさんいる人

先日、
興味深い図を見た。

「対人関係の重要度の順」という
単純な、同心円が、
三つ重なった、図です。

「自分でできる対人関係療法」
という本からの引用と書いてありました。

探したらありました。

コレです。

水島広子さんという方の著書とのことです。

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コレ、
すごくシンプルで、
とても象徴的です。

分かりきっているようだけど、
こうやってシンプルに
見せてくれると、
はっとしますし、気づきます。

人は、
この同心円上の
2層目や、3層目の人達との
ことで、
悩んだりします。

職場の人たちとは、一日の多くの時間を
共に過ごすワケです。

しかしながら、
物理的に近い人、
単純な利害の人、
が、

必ずしも、
重要な関係の人ではないよ。

ということを、
教えてくれます。

「重要な関係」であって、
その人自身の、
人間としての、或いは、人格の
価値が低いとか高いとの意味ではないです。

誤解なきよう。

中心の赤い部分の人のことを、
「重要な他者」と言います。

これは、
この人達に、
ひとたび何か起これば、

例えば、夫が交通事故で重傷を負う、
だとか、

「自分の情緒にもっとも大きな影響を
及ぼす関係の人」 と、定義しています。

「重要な他者」との関係が
良好であることは、
QOL (Quality of Life)が高い。

或いは、

こんな言い方もできます。

重要な他者との良好な関係を
築いていると、
突然訪れる人生の転機にあって、
それを、受け入れ、変容への
機会へと転化できる。

多くの人が、
かつてわたしも、
この位置関係を逆転させて
捉えていました。

つまり、職場の人間関係を
円の中心に持ってきていました。

その人達との関係に腐心しました。

起こるのは、虚無感。疲労感。

努力すれば、するほど。。

だけれども、
渦中にあると、
それに気づきません。

そして、
それには、

真ん中へもってきてしまうには、
理由があったりします。

また続きは、

後日書きます。

暑すぎて、
アタマが、持続しません。。







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by masumihug | 2015-07-15 06:00 | 個人セッション
観ました。

つい観てしまった。

よく勘定してみたら
わたしが最初に結婚したのと
同じ頃だった。

1990年代。
あぁ~、こんな感じだったなぁと。

男の人は、
こんなふうに、
何も言わない。

そうだった。

今の時代とは、
随分違う。

うん、個人的な感覚と、
社会に漂う気分は、
当たり前に、
わかち難い。

男の人は、こんなふうに、
何も言わなくてよくて、
男の子のままでよくて、
ふらふらしててよくて、
女だけが、がんばって。

わたしが、わたしのフィルターで
そんなふうに見てしまっている
ことは、否めない、
のだけれど。

いや~な感じと共に、
観ていました。

観てしまいました。
なんと、140分もある、長い映画です。

わたしも、この映画の翔子のように、
壊れてしまった。あの時。

翔子と同様。
結婚が直接の原因じゃない。
決壊の引き金なだけ。

元々壊れていた自分を、
大事にせず、
大事に仕方は、分からず、
だから、大事にしてくれない相手、
選んでしまう。

この映画のストーリーや、
意図するところ、
は、置いといて、
この夫婦に、
この時代に、
いや~な気持ちを
持ちつつ、
観た。

ホントこんな感じだった。

それでもこの夫婦は粘った。

わたしは、こういうのは嫌だった。
で、離婚した。

カナオのこと、
ずっとそばに居た夫って
評価が高いみたいだけど
そうかなぁと思う。

好きなのか、何なのか、何でも無言で。。

でも、確かに、
男の人は解っているんだよね。

皆まで言わずともって。ね。

わたしは、
そばにいて、二人でいるのに、とても
孤独感を感じて、
それは、生殺しだと思ったんだ。

わかっているなら、
言ってよ。

あの時のわたしは、自尊心が育っていなくて、
自分を辛くする方法だけは知っていて、
だから、そういう人、選んでいたワケだけど。

皮肉なことに、いや、だいたいにおいて、
心の、精神のプロセスというのは、皮肉な展開を
必要とするワケだけど。

もうダメだと、自分がもう本当にダメなのが分かって、
底を打った。わたしは。

人生初のカウンセリングを受けて、
徐々に徐々に、自分で自分の人生の選択をして
いく方へ、恐る恐る、近づいていった。
幸いだった。

(あ、その時の相手を責めている
のではないです。
その人が悪いワケじゃない。)

何故、この映画を観てカナオが良いという人が多いのだろう??

この時代においても?

こんな夫婦が、リアルに感じる人が多いのかもしれないなぁ。

もしかしたら、多くの女性が妄想の中でダンナがこんな風に
思っていてくれたら、報われる、
なんて、思ってて、
それが描かれているからなんだろうか?

高い評価をしている人の、評価ポイントは、
カナオが、狂った翔子の様子にも動じず、
鼻水を拭いてあげたり、「キスしようとおもたのに、べたべたやん」って言ったり、
その後、鼻をぺロッて舐めてあげたり、
その前に、「好きだから、一緒にいる」だったか、そんなことを言う。ところ。

自分の女が、こんな状態になって初めて、
「好きだから、うんぬん」なんて!!

もっと最初に言ってよ!

もっともっと最初から、もっともっと、本当にそう感じているのなら、
出し惜しみせずに、もっともっと、好きだって、惚れてるって言ってよ!

それは、本当に大事なことだよ。

惚れた女が、壊れる前に
言ってよ。

残酷じゃんか。

良かったのは、名古屋から帰ったカナオに、倍賞美津子が
翔子をお願いしますと頭を下げたところ。
やっとこの母親が自分の役割を引き受けたから。
翔子は、家族のメンバーの本来の役割をみんながしないから、
一人で何役もこなそうとしてムリがきてたから。これでやっと
収まった感じがした。翔子は翔子をやればいいし、翔子とカナオって
いうカップルがやっと出来た感じ。とってもシンプルな横に一本の線の
つながり。
​長男夫婦に対しても、この母親が、「あんたたち夫婦揃ってんだから
なんとかやんなさいよ!」って言って、それで、場面からも、
ヤンキーっぽい妻とその息子たちも退場していくことで、
観ている方は、ほっとする。この家族が責任を引き受けたのだと
感じるからだ。

責任とは、自分の人生を生きるということにおいての責任であって、
責任者出てこい!の「誰かのせい」というような意味ではない。

余談ですが、
機能不全家族ってのは、
それぞれが、
それぞれの役割を
引き受けてないとき、
のように、感じています。

こんなふうに、
たくさんの想いや、
記憶が、
喚起された映画では
ありました。

そういう意味じゃ
いい映画、
です。

願わくば、
今の時代のカップル達は、
もっと率直で、
もっと素直に、
もっとエッチに、
愛し合っていてほしい、
と、願わずにはいられない。

こんな、何十年もかけて、
たくさんの犠牲の上に、
たった一言の、
好きだから
が、聞けて、
生きかえるなんて、
もう止めてください。


GYAO!っていう動画配信サイトで、
4月19日まで、無料公開しています。


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by masumihug | 2015-04-11 12:24 | 個人セッション
パートナーシップをやっていく、というのは、
とても骨でありますね、そして、幸いであると
わたし、常々思っております。

相手が鏡になり、強烈に映し返してきます。

まるで、鏡張りのダンスフロアに一人で立っているような
感じさえします。

自分の中を、「痛くもない腹を探る」ことを
余儀なくされることがあります。ホントは、「痛い」と薄々
知っていたりするわけですが。

好きな相手でなければ、そこまでしないワケです。
異性のパートナー、惚れた相手、というのは、人生においての
ホントにまさにチェンジエージェントだなぁと、思います。
人の仕組みは、本当に、うまく出来ています。

だから、惚れた相手に真剣に関わろうとすれば、当然
痛みも伴うことになると思います。それは、真剣に自分に
取り組むということも同時に言っていることになりますから。

だから、いつもクライアントさんの勇気に、敬服します。

だって、こんな人生の局面にいて、
足がすくむような崖っぷちにいて、
だけど、それに挑もうとしているから。

そんな時に、心理セラピーは、役に立ちます。そう信じています。
わたし自身が、そうでしたし、今でも、自分自身の人生をやって
いくときに、必要不可欠のものです。

目の前の現象がびくとも動かない(ように見える)時、
相手や周りをどうにかしようとすることを手放して、
自分自身を深く探究することで、
起こってくる現象が変わっていきました。
ゲシュタルトが助けてくれました。

そんな体験から、ゲシュタルトを提供する側になりました。

プロフィールにも書いていますが、
問題解決の連続だった人生が生きるに値する神秘へと
変わっていきました。それは、よろこびでした。

だから、人生に挑まれているクライアントさんの
お手伝いができることは、わたしのよろこびです。

実際には、対峙して、なにかをつかんでくるのは、
クライアントさんたった一人がやること。

それを、見届ける。
そこに立ち会う。
風を、送る。

わたしがしているのは、
実はそれくらいのパート。

エライのは、クライアントさん。

だけど、それがあるとのとないのとでは、違うはず。
と、信じています。

わたしは、違った。から。

誰かが、見届けてくれる。
誰かが、言葉を拾い上げてくれる。
誰かが、呼吸に気づかせてくれる。

ことが、どれだけ勇気になったか。と、
わたしは、感じているので。

そして、そこで見届ける人は、
誰でもいいワケでは
なかった。

だから、
クライアントさんの探求に、
ご一緒させてもらえる光栄に与ることは
わたしにとって、何にも代えがたいよろこびです。

人生の折々で、
お役に立てましたらわたしのよろこびです。

個人セッションで、お会いしたいです。


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by masumihug | 2015-03-25 06:15 | 個人セッション

『祝婚歌』を受けて

吉野弘さんの、
『祝婚歌』を受けて、
思う。

前の記事にも書いたことだが、
二人が、

生きていることのなつかしさに
ふと胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そしてなぜ 胸が熱くなるのか
黙っていてもふたりには
わかるのであってほしい


こんな境地を共有しているって
ことがとても大事で、

これは、実は、とても、高等な、
人との関係のあり方だと、
わたしは、感じている。

だから、
夫婦っていう、関係をやっていくことは、
本当に、人にとっての最高の、実験と
修練と、よろこびの場なんだなぁと、
改めて感じている。

恋人や、おつきあい、の関係でも、それを
築いていくことは、可能だろう。けど、夫婦って
いう、括り、誰かに宣言することや、役所にファイル
されることが、二人をそこに踏みとどまらせてくれる
外側からの力になるのだろう。

そして、すごく重要なことは、
二人が、他人だっていうことだ。
そして、多分、特別な、他人だということだ。

「生きていることのなつかしさ」を感じるような相手は、
そうそういない。

そして、知っていく。

この人は、肉親ではないこと。
この人は、親ではないこと。

だから、

それには、少しの努力がいること。
意思がいること。
それを、維持し、育んでいくには。
工夫がいること。

それを、祝婚歌は、教えてくれている。

他人なのに、この人といると、わたしは、
愛の状態でいることができる。
それは、どこかなつかしい。そして、
ほっとし、安心している。

なんでも言い合える間柄。
というのは、少しだけ危険を孕む。

それは、子ども時代の愛情の確認行為を
彷彿とさせる。

親に対してだから、許されたことだ。
人間になって、社会と接していく時の
練習をしていた時のことだ。

だから、夫婦という、パートナーの間では、
それは今は言わないって、ことも大事だ。

この最後のフレーズを、
二人が共有して、
共有していることを、
お互いに分かっていれば、
それでいいんだ。
多分。

そこまでに、成熟した
大人の、二人の男女が
そこに共に居るってことだ。
多分。




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by masumihug | 2015-01-31 06:03 | 個人セッション

愛する/愛さない

愛している、とか、愛していない、とか。
それは、オプションじゃない。

言う時、
感じてみてほしい。
自分の、胸の辺り。

それは、行動じゃない。
のが、分かるはず。

「もう愛していない」と言い放ちたいとき、
「今、愛の状態じゃない」
に置き換えてみて。

寂しくて、悲しくて、胸が、ザワザワして、落ち着かなくて、寒々しい。
そういう時、目の前にいる人のせいなのかな?

その人は、かつて、あなたが、愛の状態になり易くしてくれた人じゃないのか。

その人といる時、自分はとても自分らしくいられて、無防備で、恐くなくて、
愛のスペースから、発想し、行動し。

それを、人は、勘違いして、君を愛している、と言う。

愛の状態、とは、あなたがあなたでいる時。
あなたの基準点。帰ってくる場所。ホームポジション。

何であれ、そのスペースから行う事は、愛が込められている。
愛が乗っかっている。

人は、愛でできているから。
基本的に、そう言う意味では、対象がなんであれ、
愛そうとするし、愛したい。

愛の状態でいたい。
その状態を維持したい。

自分が、自分らしくいる為の環境を整えるのは自分の責任。

でも、いろんな条件で、自分らしくいられない場合も多い。
なるべく自分らしくいられるように努力するのか、
それとも、自分らしくいたい自分を無視して、なにか他の事を優先
するのか。

でも、知っていてほしい。

愛している、とか、愛してないとか、
それは、オプションじゃない。

自分が、出したり引っ込めたり、するもんじゃない。

そして、難しい現代の環境下で生きていても、一足飛びに
愛の状態になれる奇跡がある。

それは、出会いなんだ。

そんな、奇跡的なチェンジエージェント。
そんな相手に、君をもう愛していない、なんて、
言ってしまう、その自分の、動機にこそ、気づいていてほしい。

そして、愛していない、が、決して、それそのものの意味じゃない
と分かっていながら、その言葉の威力に、人は圧倒されてしまうもの。

気づいていてほしい。

そんな事を口にするなら。

そして、同時に、もしかしたら、あなたがかつて、愛していないと言われた
人なのかもしれないね。自分が、愛の状態で、無防備にいた時に、
突然、それを維持できなくされたことがあるのかもしれないね。
言葉の暴力に、心理的な暴力に、あるいは文字通りの暴力に、
圧倒されたことがあるのかもしれないね。
それは、とても、辛い、絶望の経験だよね。

記憶は消しても、身体には痕跡が残っているだろうね。

だから、愛していない、なんて言ってしまいそうな時、
その瞬間の自分を捉えて、探ってみて、胸の辺り、そして、
自分を感じてあげてください。
そして、心から一緒にいてあげて。
そんな自分を、抱きしめてあげよう。いたわってあげたい。

そして、悲しい連鎖は、止めていきたい。
気づいた人から。

そんなことが言いたくなりました。

但し、関係性はうつろうもの。
本当に感じて、もはや愛の状態ではいられないのなら、
それをそのように伝えて、正直にシェアしたらいい。

すべてはうつろうし、流れて、変わっていく。
それを、知っていて、そして、自分が愛で出来てるって
知っていて、そうであれば、それさえもシェア出来るはず。
どちらのせいでもないんだ。

ありがとう。




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by masumihug | 2012-11-07 04:44 | 所感

わたしを知って、わたしを生きる。神奈川県藤沢市にて、心理セラピーを行っています。ホームページこちらです。 https://kiku-therapy.jimdo.com/


by masumihug