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『海街diary』 観た

『海街diary』


鎌倉が舞台。

吉田秋生の漫画が原作。


この二つの理由で、

観に行った。


そして、

何より印象に残ったのは、

綾瀬はるかが、

美しいこと。


彼女、今、

本当に、きれいだ。


そして、

鎌倉の、景色。


海、しっとりした緑、

江ノ電が走る背景。


映画の中の、

どんなエピソードも、

この背景の中で

起こっていると、

なんと安心して見ていられる

ことか、と、

わたしは、ちょっと、

びっくりした。


プロセスワークの

ミンデルさんが言うように、

街には(固有の)ドリーミングがある。


鎌倉ほどステキじゃないけど、

わたしは、藤沢なんだけど、

そんな、

背景の中で、

わたし育ったこと、

改めて、うれしくなったよ。

この先には海があるって

思えることの幸い。


今も

支えられている。


街にドリーミングがあり、

個人にもまたドリーミングがある。


街、土地のドリーミングと

個人のドリーミングは分かち難い。


藤沢という土地のドリーミングの上に、

わたしのドリーミングがレイヤーされる。

そして、その混ざったものが、

「わたし」から、発されている、

と、想像する。


言い換えると、この土地のドリーミングの上、(下?)

だからこそ、

わたしができることがある。

と、想像する。


そして、この土地の粒子が、

わたしの細胞の中に、

確かに、入ってる、と、

思う。


そして、そう思うと、

わたしは、よろこびが湧いてくるのを感じる。


それは、誇り、とも言えそうだし、

パワーとも言えそうだし、

運命、とか、そうだよね~という

それ以上でもそれ以下でもないような、

ものを、感じて、地に足つく。


土地、というのは、

或いは、人にとってのホームというのは、

実は、とっても重要な要素だ。


「わたしには、ホーム(と呼べるもの)がない」


という言葉は、

非常に、心細い感じ、

生きていくときの、

よすがのなさ、

を、その人が感じていることを

表している。


そうだね、今、そういう感じなんだね、

と、

受けとめるところから、

始めたい。


多分、ホームは、あるから。


おっと、


映画と、関係ない話へ、

いってしまった。か。笑


そして、関係ある。


映画は、いつもインスピレーションを

いっぱいくれるから、

大好き!


この映画は、まあまあ、

ちょっとだけ、

オススメです。


もしかしたら、

出来たら、

NHKで、

出来たら、

10話くらいで、


いや、

朝の連続テレビ小説の枠がいいや、


見る方にも、

数ヶ月の時間の経過を

与えてもらえて、

やってくれたら

すごくいいと思うなぁー。




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by masumihug | 2015-06-17 06:05 | 所感
アーノルドミンデルのプロセス指向心理学。
ワークショップに参加しました。

諸富祥彦さんの主催するワークショップに参加し、
そこで、コーマワークを思いもよらずに体験することになった。

コーマワークとは、プロセスワークの一分野で、
昏睡状態の人と
僅かな反応に気づきを向けフィードバックしコミュニケートしていく手法。

昏睡状態であっても、その人は意識がある。し、聴いているし、感じている。

表現する手段、機能が、通常ではないだけで、
元気だった頃と同じように表現する事がままならずに、
とてももどかしい思いをしているという。

そういった人の思いを果たす助けをする手法。
治療ではなく、心理学的支援。

諸富さんのワークショップ資料から引用します。
ミンデルが言うコーマワークの必要性についてです。

***

死にゆく人の心の内側では、まさにその瞬間に、ものすごく強烈な出来事が起こりつつある。死にゆく人が見せる苦痛の表情は、実は、肉体的な苦痛によるものというより、その強烈な体験を一人では受け止めきれずに困惑しているがためのものである、とミンデルは言う。そして、この強烈な体験をしっかり体験し抜いた上で死にうるには、訓練された他者からの援助が必要である。

***

そこに横たわっている人の尊厳を守り、癒し、
更に、看ている家族を癒し、
もしかしたら、人類共通に横たわる、
死というものへの恐怖を和らげることになるかもしれないとも、私は今感じます。

昏睡状態の方との接触を実際にしたことがあります。

当時コーマワークのことは知りませんでした。
実は、その人に大切な報告をしに行きました。

その人に会うのは初めて。
だけど、そして、
言いたいことがたくさんあるのが伝わってきていました。
歯がゆいと言っていて、イライラしているように感じました。

自然に、手に触れていました。

少し言葉をかけました。
私が出来るのは、心の中で祈ることしかないと思い、
声に出したことより、心で祈ったことの方が多かったです。

でも、今回コーマワークを体験して、
その時に何が起こっていたのかが分かった。
生きているんだ。まだ。

そして、生々しく、私たちと同じく、俗に生きる人間なんだ。
半ば、聖人のように感じていたかもしれない。
違うんだね。多分。
そして、あがいている。

誤解を恐れず言えば、まだ未練たらたらで生きている。
死ぬのが恐くて、死を先延ばししている。

私は、日本人の寿命が長いのは、死さえも先延ばしするからかもしれないと
ふと思ったことがある。
死はタブー。

しかし、よく考えれば、
戦争や病死や、死が身近だった時代の人たちにとっては、
死はむごいこと、不条理で、思い出したくない、
想像したくないことなのかもしれない。
それは理解出来る。
当然だ。

死が身近じゃなくなった私たちは、もっと死を想ったり、知ったり、
考えたりする機会を持って分かち合えたらいいと思う。
そういう意味でも、コーマワーク体験はいい。

そして、私がその人に帰りますよと告げた時、彼が反応し始めた。
唸って、まぶたも動き始めた。間違いなく何かを言っていた。

「大事なこと、言っておきたい」と力が入っていた。
(のように、見えた。)

私は、その人の真剣さに涙がこみ上げた。

私は、この経験があるから、今回のコーマワークは
私にとってすごくリアルに感じた。

今後こういうことに関わるかどうか分からないけれど、とても興味がある。

今回のコーマワークの体験の中で、
私がコーマ(昏睡している人)になった時見たものは、私が望み、
でも、できなかった暮らしだった。

とても満ち足りて幸せそうな私を見た。
その暮らしをすると当然思っていた。
期待していたってここと、
でも、実際には起こらなかったってこと、
そして、
それがものすごく悲しいと感じていること、

それらに気づいて、「そうだったんだね」と
注意を向けてあげることが出来た。

そして、涙で流すことができたのは、本当に良かった。

私のその時の想いに、涙で応答し、想いを受け取ることが出来た。

そして、
もしかすると、
実際に死ぬ時に、これを見ることになったかもしれないと思った。

ミンデルが言う死にゆく人が経験する強烈な出来事とは、
生きている時してきたたくさんの期待、
夢見てたこと、やり残し、
を見せられる、ということなのかもしれない。
と思った。

それは残酷だ。

どうせなら、生きている内にやりたい。
と、今の私は思う。



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by masumihug | 2012-11-20 04:44 | 所感

わたしを知って、わたしを生きる。神奈川県藤沢市にて、心理セラピーを行っています。ホームページこちらです。 https://kiku-therapy.jimdo.com/


by masumihug