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NHK BSプレアム 12月17日(木)

この番組は、好きです。
たまに観ます。

今回は、司会の磯田さんも言ってたけれども、
時代を作る人側の選択の話ではなしに、

時代によって、個人がどう選択したのか、
選択に至ったのか、を、
深くみていく、という内容でした。

フジタほどの芸術家でなくても、
何か自分固有の表現を、
対社会というモノを感じながら
行っている人ならば、
恐らくは、
共感することが、思い当たることが
多いだろうと、思いながら観ました。

どこまでも日本人になりたかったフジタ。
己は確かに日本人なのに、日本社会からことごく
虐待され続けた人だった。

そうだったんだ。。

そして、どんな人にも言えるけれども、
社会への表現は、
親との間にある想いを
投影していることが大きい。

日本人になりたかった、
日本社会に受け入れられたかった、
大きな存在、
その中に居て良いという安心感。

それは、
父親に、よしよしと、頭を撫でて褒められたい
「良いことをしたね」と、認められる
ことを、欲しているようにも、
見えました。

そして、もう一つの考慮するべきことは、
彼に備わったギフト、
器用で、絵が上手。
描くという作業をしている時、
純粋に、多幸感があったはず。

逆に言うと、認められるのであれば、
もっと言うと、褒められるのであれば、
或いは、
描くというエクスタシー、
その機会が得られるのであれば、

「自分の中から湧いてくるものを描く」という、
いわゆる、芸術家を依って立たせている
ものを、もしかしたら、
傍における人だったのかもしれない。

パリで、編み出した彼の、裸婦の肌の色や
絵画表現も、描きたいものを満足いくように描くために
編み出した、のではなく、
もしかしたら、
大衆、パトロン、その時のパリ、時代の気分、
その、欲しているもの、
貪欲な欲、に、
合わせていく為、
器用に、編み出されたのかもしれない。

だけど、何であれ、
日本では望むべくもなかった、
日本にいたのではどうしても叶わなかったこと、
つまり、
人々に受け入れられ、評価がされて、報酬があって、
尚且つ、
描くという行為自体に没頭出来るのは、
それは純粋に陶酔の時間であったろうし、
ある種、麻薬的な時間であったろうと、想像します。

そして、
描けば描くほど、うまくなっていきます。

急に時代の寵児になった彼は、
毎晩乱痴気騒ぎをしてはしゃいでいたといいます。
それは何処か、一種の悦脱のようにも感じました。

だけれども、そんな時代は、長くは続かず、
戦争が始まります。

彼は、日本へ帰国する。

自分の強い欲求の正体や、想いと、対峙することなく。

親への、「認められたい」欲求が、猛烈に強くあって、
また、それが本人に、まったく気づかれていないまま。

そんな彼の背景を知った上で、
彼が、どんなふうに、どんな状態で、
「アッツ島玉砕」を描いたのか、
解きほぐれた、ように感じました。
ぐっと、きました。

「アッツ島玉砕」を、描くという、誘惑。
社会のメインストリームに、自分の天才性を
使って、かんでいける!なんて、
そりゃあ、心踊ったに違いない。

一度は馬鹿にされ、自ら捨てた祖国が、
自分を今、必要としてくれてるかもしれない!

わたしだって、そうなる。

同時に、一方で、戦争礼賛に加担していくことは、
カラダの奥底では賛成はしてはいなかったはず。

フジタの手が、フジタの想いの全てをすくい取って
この絵に、表現したのだと思いました。

そして、描く作業が始まってからは、
なんであれ、職人は、作業している時が「生きている」
時だから、
まさに全身アドレナリンになって、
手が動くに任せていたのだと想像できます。
たった2週間で仕上げたそう。
驚異的です。

本人が曰く、「会心の作」。

恐らく、あくまでわたしの想像ですけど、
今までで初めて、
全身全霊で、絵に自分の中の全てを込めた体験
だったのではないか。

日本各地で、展示された時には、お賽銭を投げて
手を合わせていく人もいたらしい。フジタは、
その光景を、どんな想いで見ただろう。

なりたかった日本人に、今度こそ、なれた。
自分が出来る唯一のことで、日本のメンバーとして
祖国に貢献できた。
と、思ったんだろうか?

わたしは、フジタは、ある種意外な感じももったのじゃないかと
想像しています。

絵に投影されてしまっている彼の全身全霊の想いは、
軍の意図、意向とはまた別に、
絵に相対した普通の日本人の中に響いて、共鳴したように想像する。

観た人は、絵に込められた戦争の本質を受け取ったと、想像します。

ところが、
戦後、戦争協力者として、
同じ芸術家達から、糾弾され、
仲間だと思っていた人からも、
「君が全ての罪をかぶってくれ」と、
言われてしまいます。

彼は、強烈な、恐らくは、絶望感を感じて、
また、パリへと飛び立ち、二度と日本には
帰らない。

パリに帰化し、クリスチャンに改宗する。

そして、自らが自らの墓である礼拝堂製作に
最後の力を注ぐ。フレスコ画の技術を習得し、
礼拝堂の壁面一面に、描いて。

礼拝堂のステンドグラスにある、ドクロ。
そこにだけ、彼の戦争への終わってないものが
刻印されているような、そんなメッセージを
感じました。

礼拝堂が完成して、1年後に
彼は亡くなったそうです。

あれだけの人、
わたしは、彼の絵が単純に好きで、
彼の顔も好きで、
だけど、人となりについては、
通り一遍の理解しかなかった。

けれど、
この番組を観て、それが更新された。

そして、より、親近感を
感じている。

表現、自分の天才性に完全に乗っかること、
その危うさ、その塩梅。
社会との折り合い方。

だけど、本気で打ち込むこと。
瞬間に。
己を信じて、瞬間に居て。

それしかないし、
だからこそ、その為に、

自分自身を、時に時に、確かめながら、
他者と関わり合いながら、
自分という個を育てながら、
孤独にありながら、
自分自身のルーツ、或いは、
コミュニティーから、
滋養を得ること、
得ていることを、忘れず。

尚且つ、自分自身のルーツや、
属するものに、飲み込まれず、
そこに安住せず、

自己表現をする者は、
あるいは、
自分の天才性を使って社会と関わっていく者は、

これだけの、自分に関わる要素を、
一つも、おざなりにせずに
いることを、人生から要求される。

それこそが、天才性を生かす、
己を生かす、
道なのだろう。

そして、それが、
それ自体が、アート。
なんだろう。

アートティストとは、
突き出てているばかりでは
成り立たない。

同時に、
突き出ているからこそ、
出っくわす葛藤と、組んず解れつする
中で、編み出されていく技術革新。

そのプロセスを、赤裸々に体現している人。
ということだろうか。

フジタさん、
あなたがそんなに、苦悩していた人だと
思いもしなかった。

昨日、あなたをもっと知って、
もっと好きになったよ。

ありがとう。




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by masumihug | 2015-12-18 12:00 | 所感

わたしを知って、わたしを生きる。神奈川県藤沢市にて、心理セラピーを行っています。ホームページこちらです。 https://kiku-therapy.jimdo.com/


by masumihug