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依存は悪か

『依存』は、そんなに悪ですか?

ものすごく、「依存」という言葉が、
後ろめたさと共に語られるのですが、
そんなに悪ですか?

そもそも、人は、人に、環境に、依存しなければ
生きていけないです。

もっと言うと、人が一人生きているだけで、
いろんなモノを摂取して排泄しています。

言ってみれば、めーわくかけ放題です。

だから、「人に迷惑をかけてはいけない」ってことなら、
この世に、人なんて誰もいなくなってしまう。

そして、それは、全然リアルじゃない。

話しが、若干それましたね。
「依存」の話です。

もっと、その言葉を、注意深く。
もっと、よく見て。
精査して。

ただ、忌むものとして扱わないでください。

自分が、「自動的な反応」をしていないか、
チェックしてみてください。

私は、「必要な依存」っていうのがあると思っています。
そして、それに必要な「期間」があると思っています。

もし、骨が折れているのに、その実力もないのに、
走ったり、飛んだり、泳いだり、しない方がいいです。

走ったり、飛んだり、泳いだり、思いっきりしたかったら、
それに相応しい練習、知識、リハーサル、コーチが必要。

そして、もし、骨が折れているのなら、必要なのは、
なによりも休養、養生、ということになる。

必要な栄養が要る、
歩けないんだから誰かが横で支えている必要が要る、
誰かの温かい応援、誰かの優しい眼差し、或いはそして、
医療というプロのサポート。

こんな風に、依存が必要になる。

そこで、何か気づきますか?

問題なのはさ、「依存」そのものじゃなくて、
当たり前の依存をすることに対する、自分自身の態度や、抵抗、
出てくる感情、そんなところではないですか?

日本人だと、年齢に関わらず、「人に迷惑をかけない」という
言葉が、何か、身体に染み込むようにあるように感じることがあります。

多分、私は、思うに。。。この「人に迷惑をかけない」
という信じ込みが、「依存」という言葉への自動反応を
引き起こしているのではないかと、想像するんです。

自分を知っていくと、
自分の得意、よろこび、こだわりたいこと、心を込めたいこと、
がよく分かってきます。

同時に、自分が不得意なこと、どうでもいいこと、も、
よく分かってくる。

自分のよろこびにつながることを行う時、
自分より誰かがやった方が明らかに良いこと、
「あの人にやってもらいたい」って、頼んでみる。

頼まれた人は、よろこぶかもしれない。

「必要な依存」ー>「協働」

そんなことにスムーズになっていきます。

人生がスムーズになっていきます。

シンクロニシティーが日常になってきます。
必要な依存によって。

「依存」という言葉に妙ちきりんな注意が張り付いている、って感じる方。
それをテーマにセッションをすることもできます。

何が出てくるでしょう。
おもしろそうですね。






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by masumihug | 2014-06-09 04:44 | 個人セッション

わたしを知って、わたしを生きる。神奈川県藤沢市にて、心理セラピーを行っています。ホームページこちらです。 https://kiku-therapy.jimdo.com/


by masumihug