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『インターステラー』とっても良かったです。

報告します。


160分!と長いんです。だけど、最後の方で、
全部が、つながりました。


それが、自分の生きてるこの環境のことを示唆しているから、
どんと、自分へ戻ってくるから、あぁ〜!と腑に落ちました。


それが分かるまでは、
こんな大袈裟な舞台設定が必要?って疑問があったのだけれど。


5次元の世界の、5番目の要素とは、「愛」ということかって。


時間も、空間も超えて、観察している視線とでも言うのかなぁ。
そういうことか!って。


量子物理学の世界の、

観察者の視点に、愛の要素が加わった感じってことかと。


SFは、出来過ぎって、言うけれど、
この、今住んでいる世界こそ、出来過ぎなのだから、
宇宙は、出来過ぎで当たり前、なんだよな〜と、思う。


そして、とうとう出た「愛」という要素。


それが、科学的な根拠を得た、とでもいうような、
そんな感覚を、リアリティーもって感じました。


いやはや〜、そこか、そこなんだね〜。
そりゃそうだよなぁ。


監督のクリストファーノーランの本当の意図は、
解らないけど、わたしは、160分で、
5次元の意味が解ったから(わたしなりに)、
どんな授業よりも
最短で教えてもらった感じしてる。


自分の中で、辻褄が合った。
仮説が、確信になった。


ストーリー自体よりも、いや、
ストーリーあってのことではありますが、
この世の謎が解けたような感覚に、
よろこびがあります。


ゲシュタルトのセッションの中で、

クライアントさんの、亡くなった親しい方を

扱うこと、結構あるんです。


亡くなっているからこそ、

その人を身近に感じることが、出来ます。


いつでも、思い出すと、その人の存在を

感じることが出来、会話が出来、

まさに今、ここで会っているような感覚になることできます。


それは、ある種の慰めでもあり。。

だけど、

それ以上のものがあると、感じていました。


そこに、根拠とでも言いましょうか、

わたしなりの、確信が出来たような、

感覚があります。


多分、重なることだと、思うんです。


急に観たくなって、
観て、よかったです。


多分、油井亀美也さん無事帰還に

微妙に影響されたと思います。笑

あの方、いいな〜。素直な表現が好き。

お父さん譲りなんだろうな。


◎ちょこっと補足したくなりました。

父の娘への想いが描かれています。
だけど、ただの家族愛の物語なら、映画の設定は、
それこそ、半径3mの日常でいいわけです。


宇宙の、この世界を、成り立たせる要素として、
5次元目とは、
5番目の要素は「愛の眼差し」なのだと、
そんなふうに受け取ったんです。
(この世は、10次元あるとかって言われてますけどね)


映画の中では、そんなベタに語られるワケじゃないですけど。。。
わたしが、そう受け取った。というワケです。


インスピレーションが、刺激される、
どさっとやってくる、
そんな映画でした。


みなさま、ぜひ、観てみて〜。
そして、感想を聴かせてほしいです。




〜個人セッションでお会いしたいです〜

120分間、自分自身に最大の興味と関心を向ける
あなたのための時間です。
あなたがあなたと出会っていく時間になります。

     




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by masumihug | 2015-12-14 02:28 | 所感

鏡は笑わない

今日、
スタバで隣に座っていた初老の男女。

女性の方が、おもしろいことを言ってた。

その女性も、「おもしろい言葉を聞いたのよ」って
男性に言ってた。

男性は、あまり気にも留めていらっしゃらず。
その会話が聞こえている
わたしの方が、あぁ〜と頷いてしまった。

「鏡は、先に笑わない」って。

確かにね〜。

「だから、あなたが先に笑うのよ」
って、なにか、説教じみてはいるものの、
それは、確かだな。

誰であろうと、この世で出会っている相手は、
鏡のように映してくる。
自分を。

それは、残酷なまでに。

自分を知るのは、
誰かを通してだ。

そして、こうも言える。

相手の自分への態度は、
実は、自分が指示している。

あなたが相手に対して
「私のことをこのように扱ってください」って、
言葉や、態度や、目線や、
プレゼンス全て、その時発している全てで、
伝えている。

言葉より、伝えている。

だから、相手の自分への態度は、
自分の責任が大きい。

だからと言って、
相手からなにか有利に自分を扱ってもらえるように
それを引き出すように、振舞いなさいって言っている
わけじゃないです。

ですが、そういう事実を利用して、
自分に有利に働くように
印象操作をすることは、短期的には可能だし、
ある意味、面接のコツ、スキル、は、表面的にそれを
繕えばいいと、教えている。

だけど、そんな交渉の目的じゃなく、
微笑まれる環境を自分に
与えることは、自分次第で出来るのだってこと。

相手の笑顔がほしかったら、
自分が先に微笑む。

スキルだからと言ってやらないより、
やっていたらいい。

微笑まれる環境は、あなたを楽にさせる。

スキルもその内、あなたの習慣になる。
その内、心から微笑んでいる。

人に会った瞬間、
目が合った瞬間、自動的に脳が喜んでいるのがわかる。

あなたに会えてうれしい!って。

その場に、良いエネルギーの循環が起こる。
あなたは、3割り増しに、本領発揮する。
きっと。笑

そして、その時あなたは、相手の鏡になっているってこと。

相手にも、同じことが起こる。

いいね。






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by masumihug | 2015-11-17 06:00 | 所感

共生球 その2

『共生球 その1』からの続きです。。


わたしは、預けられた子供達の中で、
一番ぎゃんぎゃん泣いていた女の子の担当になった。

というか、あんまりにも泣いているので、
どうしたんだろう?と近づいていったら、
多分、きっと、他のシッター役の人達、多分、これ幸いと、
別の子たちに関わったんだろう。

わたしと、その子がその場に残った。

で、わたしの最初の仕事。。

おしめを替えた。
初体験だった。

で、それから、
ともかく、抱っこしてみた。
これは、多分、記憶を掘り起こした。

母が、妹を育てていた時のこと、
思い出していたような気がする。

そしたら、何をすればいいか、
何だか段々、
アイデアが湧いてきた。

その子を抱っこして、そこは小さな体育館のような
会場だったのだけど、彼女に、その場所を案内して周った。

カーテンを触らせたり、
木の壁を触らせたり、
彼女は、確か1歳くらいだったと思う、
だから、わたしが抱っこすると、
彼女から見える景色は、
いつもよりかなり高い場所。

大人の視線を経験させてあげようと思った。

彼女の、体のこわばりが、徐々に
解けていく感覚があった。
手応えが、うれしかった。

だんだん、彼女のぎゃん泣きが収まってきた。

聞けば、前回のイベントでは、
預かっていた時間中ずっとぎゃん泣きだったって。。。

だから、皆さん、さっと潮が引くように。。。笑

だけど、そんなに泣いたら、そりゃ疲れるよね。
だんだん、彼女は、眠り始めたんだ。

わたしの胸の前、腕の中で。
へ〜って思った。

そして、わたしは、
壁に寄りかかり、足を伸ばして
床に座った。

眠っている彼女を太ももの上に座らせて、
向かい合わせに。

温かい、というより、熱い。
体温がこちらに
伝わってきた。

そして、眠りの感じも伝わってきた。

そう、同調してきた。

二人して、微妙に揺れているような、
いや、揺れているのは、錯覚だろう。

揺れているような、漂っているような、
二人して、揺りかごに乗っているような、
そんな感覚に包まれた。

大きな透明の球の中、
生温かい空気に包まれているような。

宇宙にたった二人しかいないような。

そんな感覚。

呼吸は、もはや、自分と彼女との区別が
つかないような。。共有しているような。

いや、むしろ、この、大きな球の中では、
呼吸ではなく、エラ呼吸?のような感覚とでも
言うような。

わたしも、眠っているような、覚醒しているような。

夢うつつだった。

そんな状態に浸っている時、
「わたしは、⚪️⚪️を抱いている。
⚪️⚪️のお母さんだ。」

という言葉が浮かんできた。

涙と共に。

その前年に別れた男性の名前が、不意に浮かんできた。

⚪️⚪️は、実母との関係は複雑な方であった。

あぁ、⚪️⚪️も、こんな時期が確かにあったろう、
そして、この記憶も、確かにあるはず。そして、
それを思い出せたら、どんなに良かっただろう。
どんなに、助けになったろう。
そんなことを、思った。

そして、
これが、共生球という状態だ。と、分かった。

母子一体の、理窟なく、なんの遠慮もなく、
ただ漂い、母子一体であることになんの疑いもなく、
その中に浸って、この上ない安心感。

期待が絶対に裏切られない時間帯。
期待も、それに対する応答も、そもそも
一体なので、起こり得ない。

完全な、一体感。

この後の、母子の分離、心理的な、
を、予感もしていないかのような。
だけど、
心理的分離があるからこその、
この瞬間をじゅーぶんに味わう。

味わう必要がある。

出産したことで、実際には、
子供は、母から分離されてはいる。けれども、
この、別の肉体を持ちながら、
と言うか、
別の肉体を持った後で、一体を味わうという経験が、
この世に出てきて自分の肉体を得てから、体感することが
とっても大事なんだ。
この安心感。

この後の人生を、やり易くしてくれる。

この感覚。

そして、
母親の方も、こんな幸せを享受していたのだと、
この時に知った。

わたしの母親が同じように感じたかどうかは
わからない。

そして、他の母親も、実際には、
その子育ての時の環境に大きく左右されると
想像する。

潜在的に親の方にその能力はあったとしても。

そして、その母親自体の心理的、精神的状況が
必ずしも、こんな感覚を十分に味わえる状況かどうかは
わからない。

子供が育つ時に、必ずしも
すべての状況、環境が整っているとは限らない。

そして、往々にして、それは、
そうじゃなかったりする。

だけど、子供は、そんな親の状況なんて
知ってか知らずか、
或いは、おかまいなしに
どんどん育ってしまう。

生きるってことに疑いがない存在。
生命力のかたまり。

その生命力のかたまりは、
母親の方を助けている。

もっと言うと、
抱っこしているのが、
母親だろうと、誰だろうと、
わたしだろうと、
それは、伝わってくる。

もしかしたら、
応えてくれているのかもしれない。

もしかしたら、
応えてくれているのだったら、

実際に子供を産んだことのある女だけが、
この境地を経験できる訳じゃないのかもしれない。

子どもに、安心を与えることができたとき、
子どもは、鏡のように応えてくれるのかもしれない。

それは、愛っていう状態かもしれない。

わたしは、その子どもによって、その幸せな状態が引き出されたし、
その子どもは、それによって安心して、更にわたしを
愛の状態にしてくれた。

相互に、循環する、時間帯だった。
それは、時間の長さの感じはなくて、
空間は狭いようで、宇宙のように広かった。

わたしは、この時思った。

実際に産んだ経験は、
もしかしたら関係ないかもしれない。
だから、大丈夫。
わたしに、その、愛の状態になる能力が欠落している
訳ではないのだ。
と、確信めいた感覚が浮上した。

うれしかった。

産んでない女性の方々。
わたしと同世代の女性で、口惜しい気持ちを
抱いている方がいらっしゃるかもしれない。

だけど、あなたに愛がないわけじゃない。

あなたは、愛で、愛の状態になることはできる。

そして、それは、我が子を抱いた時だけじゃない。
どうぞ、それを、もっといろんな場面で発揮してあげて!

それを待っている対象が、この世にたくさんいるはずです。

実際の親からもらえてない子かもしれないし、
動物たちかもしれないし、
男性のパートナーかもしれない。

もっと言うと、同僚や、上司や、後輩たち
同性の仲間たち、かもしれない。

出し惜しみなく!

この世は、
おんなの抱擁を、必要としている。





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by masumihug | 2015-11-14 06:00 | 個人セッション

共生球 その1

知人が赤ちゃんを産んだ。

それで、思い出したエピソードがあります。

随分と前になるけれど、
あの感覚を思い出した。

小さいお子さんをお持ちのお母さん達が
集まるイベントのお手伝いをした時のこと。
わたしは、ベビーシッターをやった。

それをやるということ自体、
今考えると、自分の選択とは思えないのだけど、
その時のわたしは、興味が勝って、やってみることにした。

だけど、ドキドキだった。
だって、いい歳して何一つ経験がない。
わからない。

分かったフリも出来ない。
予習も出来ない。
丸腰で、向かうしかない。
って言ってる時点で、相当おかしい。
構え過ぎてる。

おかしくなっていると、
恐怖を増大させる想像がどんどん膨らむ。

そして、理由を見つけ始める。

こんなふうに、

わたしには子供がいないから、

子供を預けるお母さん達は、
きっとわたしのことを、
不信な目で見るに違いない。

わたしには出産経験がないから、
お母さん達は、わたしをバカにするに違いない。

惨めな女と思うに違いない。
負け組とジャッジするに違いない。

そして、
想像はどんどん膨らんで、

もしそんなことになったら、
わたしはもう立ち直れない。
そのダメージは、致命傷になる。
あぁ、そんな経験は死んでもしたくない。
なんて。

実際は、そんな事態は微塵も起こらなかった。

お母さん達は、
そんな他人のことなんて、
見てない。笑

で、もっとすごい体験になった。
やって、良かった。

長くなりそうので、次回に続きます。。。。



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by masumihug | 2015-11-13 22:40 | 所感

おもしろかった!

単純に、いい。
こういうの。

映画を観て、
考えさせられたり、
心やカラダが、
揺さぶられたり、
そんな、
体験が、好きなわたしだけど、
時には、
こういうのが、いい!

だけどね、
侮るなかれ、

結構、よく出来てる作品だとは思う。

低予算で作ったらしいけど、
キャラクターを説明するような場面なしで、
一人一人を、
観ている方で、
受け取っているのに気づく。

わたし、
日本のドラマなどで、
セリフが説明になっていたりするの
見ると、ちょっと腹が立つのです。

プロの仕事じゃないと思うもん。

映像って、
ものすごい情報量を送り出すことが
出来るワケで。

だから、
夢を見ているときもそうだけど、
象徴的な何か一つあれば、
「アレだ」と、分かるワケで。

映画は、そうであってほしい。

この映画は、
よく考えたら、そういう宝庫みたい。

脚本や、画面に映っている小物や、
もちろん俳優の演技や、
それら全部が、意味をもって、
全て協調して、
実現すること。

それが、ぴたっと、はまっているから、
観ている方は、
映画に没頭できる。

単純に楽しめる。

いい映画だった。

TSUTAYAへ行って、
なんか観るものないな~って
思ったら、
コレ、いいかもよ!




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by masumihug | 2015-07-10 06:00 | 個人セッション

『祝婚歌』を受けて

吉野弘さんの、
『祝婚歌』を受けて、
思う。

前の記事にも書いたことだが、
二人が、

生きていることのなつかしさに
ふと胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そしてなぜ 胸が熱くなるのか
黙っていてもふたりには
わかるのであってほしい


こんな境地を共有しているって
ことがとても大事で、

これは、実は、とても、高等な、
人との関係のあり方だと、
わたしは、感じている。

だから、
夫婦っていう、関係をやっていくことは、
本当に、人にとっての最高の、実験と
修練と、よろこびの場なんだなぁと、
改めて感じている。

恋人や、おつきあい、の関係でも、それを
築いていくことは、可能だろう。けど、夫婦って
いう、括り、誰かに宣言することや、役所にファイル
されることが、二人をそこに踏みとどまらせてくれる
外側からの力になるのだろう。

そして、すごく重要なことは、
二人が、他人だっていうことだ。
そして、多分、特別な、他人だということだ。

「生きていることのなつかしさ」を感じるような相手は、
そうそういない。

そして、知っていく。

この人は、肉親ではないこと。
この人は、親ではないこと。

だから、

それには、少しの努力がいること。
意思がいること。
それを、維持し、育んでいくには。
工夫がいること。

それを、祝婚歌は、教えてくれている。

他人なのに、この人といると、わたしは、
愛の状態でいることができる。
それは、どこかなつかしい。そして、
ほっとし、安心している。

なんでも言い合える間柄。
というのは、少しだけ危険を孕む。

それは、子ども時代の愛情の確認行為を
彷彿とさせる。

親に対してだから、許されたことだ。
人間になって、社会と接していく時の
練習をしていた時のことだ。

だから、夫婦という、パートナーの間では、
それは今は言わないって、ことも大事だ。

この最後のフレーズを、
二人が共有して、
共有していることを、
お互いに分かっていれば、
それでいいんだ。
多分。

そこまでに、成熟した
大人の、二人の男女が
そこに共に居るってことだ。
多分。




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by masumihug | 2015-01-31 06:03 | 個人セッション

愛する/愛さない

愛している、とか、愛していない、とか。
それは、オプションじゃない。

言う時、
感じてみてほしい。
自分の、胸の辺り。

それは、行動じゃない。
のが、分かるはず。

「もう愛していない」と言い放ちたいとき、
「今、愛の状態じゃない」
に置き換えてみて。

寂しくて、悲しくて、胸が、ザワザワして、落ち着かなくて、寒々しい。
そういう時、目の前にいる人のせいなのかな?

その人は、かつて、あなたが、愛の状態になり易くしてくれた人じゃないのか。

その人といる時、自分はとても自分らしくいられて、無防備で、恐くなくて、
愛のスペースから、発想し、行動し。

それを、人は、勘違いして、君を愛している、と言う。

愛の状態、とは、あなたがあなたでいる時。
あなたの基準点。帰ってくる場所。ホームポジション。

何であれ、そのスペースから行う事は、愛が込められている。
愛が乗っかっている。

人は、愛でできているから。
基本的に、そう言う意味では、対象がなんであれ、
愛そうとするし、愛したい。

愛の状態でいたい。
その状態を維持したい。

自分が、自分らしくいる為の環境を整えるのは自分の責任。

でも、いろんな条件で、自分らしくいられない場合も多い。
なるべく自分らしくいられるように努力するのか、
それとも、自分らしくいたい自分を無視して、なにか他の事を優先
するのか。

でも、知っていてほしい。

愛している、とか、愛してないとか、
それは、オプションじゃない。

自分が、出したり引っ込めたり、するもんじゃない。

そして、難しい現代の環境下で生きていても、一足飛びに
愛の状態になれる奇跡がある。

それは、出会いなんだ。

そんな、奇跡的なチェンジエージェント。
そんな相手に、君をもう愛していない、なんて、
言ってしまう、その自分の、動機にこそ、気づいていてほしい。

そして、愛していない、が、決して、それそのものの意味じゃない
と分かっていながら、その言葉の威力に、人は圧倒されてしまうもの。

気づいていてほしい。

そんな事を口にするなら。

そして、同時に、もしかしたら、あなたがかつて、愛していないと言われた
人なのかもしれないね。自分が、愛の状態で、無防備にいた時に、
突然、それを維持できなくされたことがあるのかもしれないね。
言葉の暴力に、心理的な暴力に、あるいは文字通りの暴力に、
圧倒されたことがあるのかもしれないね。
それは、とても、辛い、絶望の経験だよね。

記憶は消しても、身体には痕跡が残っているだろうね。

だから、愛していない、なんて言ってしまいそうな時、
その瞬間の自分を捉えて、探ってみて、胸の辺り、そして、
自分を感じてあげてください。
そして、心から一緒にいてあげて。
そんな自分を、抱きしめてあげよう。いたわってあげたい。

そして、悲しい連鎖は、止めていきたい。
気づいた人から。

そんなことが言いたくなりました。

但し、関係性はうつろうもの。
本当に感じて、もはや愛の状態ではいられないのなら、
それをそのように伝えて、正直にシェアしたらいい。

すべてはうつろうし、流れて、変わっていく。
それを、知っていて、そして、自分が愛で出来てるって
知っていて、そうであれば、それさえもシェア出来るはず。
どちらのせいでもないんだ。

ありがとう。




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by masumihug | 2012-11-07 04:44 | 所感

わたしを知って、わたしを生きる。神奈川県藤沢市にて、心理セラピーを行っています。ホームページこちらです。 https://kiku-therapy.jimdo.com/


by masumihug