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後悔を先生に

『失敗学』
なんていうのがありますね。
それより、
『後悔学』を私は勧めたい。

最近、「後悔」という言葉の
定義を、拡げる体験をしました。

だから勝手に『後悔学』って名付けました。

あまの岩戸が薄く開いて、光が差して来るような
そんなイメージがあったので、
シェアさせてください。

「すべての感情は美しい」
をモットーにセッションを
行っています。

ネガティブとか
ポジティブだとかと
言葉を選別し、
また、
感情を選別したくない。

そして、
すべての感情には、
それが生まれるにもっともな背景があって、
そして、居場所がある。って、
信じています。

セッションの中では、
顔を出してくれる「感情」に対して、
礼を尽くし、
もてなしたい。

と言うのが、私の基本姿勢です。

一般的にネガティブと言われている
感情を表す言葉の再定義
あるいは、
私としての解釈をつけることは、
私のよろこび。
でもあります。

『後悔学』
に戻ります。

「失敗学」というのは、
失敗を分析して、原因を探る
というアプローチかと想像しています。

「後悔」は、
後で悔やんでる状態。
何らかの「動き」を含んでるのが伝わってくる。

何かの後である今、
体の動き
感情の動き
が、ある。

のを、受け取ります。

そして、

「その選択の時、別の選択肢があった」
または、
「捨てた選択肢があった」ことをもう示しています。

そして、その選択肢が何であったかも認識されています。

ここが後悔のスゴイところ。

具体的で示唆に富んでいる。

うん、うん、
ここを入り口にして
探求へ入って行ける。

だから、
勝手に『後悔学』って名付けました。

その『後悔』にまつわって
まだうごめいている何か、
まだ体験中の動きの中へ、
ぐっとぐっとアプローチしていくことができます。

その瞬間の体験を
ゆ〜くり辿って、
映画のフィルムの一コマ一コマを
つぶさに見るように。

その捨てた選択肢の方が、
選択肢として浮かび上がって来た
瞬間のこと。

何か、キラッと光る感じを受け取って
いたのに、無視した。

直感的なものだった。
但し、根拠がないと思って、
瞬時にないものにした。

或いは、
感覚が浮かび上がってくるのを薄々気づいていて
それが出てこないように、出てくる前に、
何も考えないようにして、人ごとのように選択した。

もしかしたら、
そんな工程があったこと、
発見するかもしれません。

そして、
もしかしたら、そこに
自分のある種のパターンを発見するかもしれません。

その、瞬時に現れた感覚を取り上げて、
一緒に居てみることも、
感じてみる時間も取らずに、
分かり易い方
無難な方
人に対して説明ができる方
を、
選んだ
かもしれないです。

それはそれで、きっと
事情があるんでしょう。
そこにも想いを馳せたい。

そして、

その置き去りにした方。
選ばなかった方。

その中に、
あなたの強い欲求、
ニーズ、
価値観、
大切にしたいもの、
自分自身の生命力に隣接するもの。

あるいは、
あなた自身。

が、含まれている可能性があります。

そこに、ゆっくり近づきます。
触れていくことができます。

身体の感覚が伴っていることがあるかもしれません。
そこに耳を澄ませていきます。
動きがあれば、それに乗っていきます。

自分自身の中で、常に鳴っているビート。
動き。
衝動。

言葉以前、
イメージ以前のモノ
と、出会うかもしれません。

その出会いは、
身体の感覚として体験することから始まるかもしれません。

内側から、自分をノックされていることに気づく体験
かもしれません。

それが、自分のエンジン。
ニーズの源。

自分の、なんであれ
何かがスタートする場所。
かもしれません。

それに気づいていくことができます。
言語化まで出来るかもしれません。

これは、
後悔する選択の捨てた選択肢を
もう一度選択し直すことをお勧めしている文章ではありません。

もしもそうしたとしても、
大満足になるかどうかは保証できるものではありません。

もちろん、
それは、もう事後であり、
様々な条件は
既に変わってしまっている。ということもあります。

そして、その一回している選択だって、
まだ答えが出ていないかもしれません。

それよりも、
ここで大事なのは、
自分自身の、あんまり近寄りたくなかったかもしれない
「後悔」の中にぐっと近づいた体験。
そして、その中に、何があるか見てみる、こと。

犯人探しはあまり意味がないです。

それよりむしろ、自分にとってキラッと光って見えたエッセンスは何か。
や、それが現れた時の身体の感覚を体験として覚えておくこと。
すごく大事です。

自分にとって生命に栄養を与えること
自分の魂によろこびを与えること
は、何なのかを知っていく体験です。
具体的に。
その逆についても知っていきます。
具体的に。
これは、貴重です。

それをゆっくり見ていく機会を持つことは、
自分のこれからの人生を良いものに、そして、幸せなものに、
必ずや自分自身のwell-beingに寄与する体験になるはずです。

自分自身をもっともっと知っていくプロセス。
自分自身を、もっと大切に出来ることを知るプロセス。
自分自身を、もっと世の中で本領発揮していく可能性を
発見していくプロセス。

「後悔」を先生にすることができます。

だから、後悔またよろし
でもあるわけです。

すべての感情は美しい。
いわんや「後悔」をや。



〜個人セッションでお会いしたいです〜

120分間、自分自身に最大の興味と関心を向ける
あなたのための時間です。
あなたがあなたと出会っていく時間になります。

 



いつも読んでくださり、ありがとうございます。
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ありがとうございます。





by masumihug | 2017-03-13 01:53 | 個人セッション

すべての感情は美しい

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『ALL EMOTIONS ARE BEAUTIFUL.』
すべての感情は美しい。

ちょっと有名な、Holstee社の社訓の中の一節。

素敵な表現だなぁと思います。
とても、しっくりきます。

自分の中に起こってくる感情、
そのどれにも等しく出会いたい。

その自分自身の体験にオープンでいたい。

「喜怒哀楽」なんて言葉があるけれど、
人の感情は、四つなんてもんじゃないよね。

「喜び」だけだって、かなりのグラデーションがあるでしょう。
「嬉し過ぎて悲しい」なんて、ミックスした時もあるよね。

「怒り」は、どう?
結構難しさを含んでいるかもね。
表現したくないという人も多くいる。

それを通り越して、
「私は、怒るってことがないの」なんて、
言う人もいる。

これは、大抵ウソかなぁ〜と思う。
こういう方は、かなりの怒りの火の玉をお腹に
抱えていると思った方がいい。笑

或いは、
こういう人もいる。

本当は、怒りを感じているのに、
怒りの表現に躊躇があって、代わりに
笑ってしまう。

「怒り」を表現した時に、自分に起こる(だろう)ことを、
受け止め切れない(だろう)と信じている為に、
別の感情を使って、それを覆い隠す、或いは、ぼやかす。

という方法を、人は(人の無意識は)それこそ無意識に
やってのけてしまう。

「悦脱」と言ったりします。

それくらい、怒るということに、恐怖感があるのだね。
何が、「起こってしまう」と想像しているのでしょうね。

本人は、「恐怖感がある」とまで、言語化したり
気づいていたりはしていないかもしれない。

自分にとっての恐怖の対象に出っくわすのを避ける
システムは、自動的に作動するから。

決して責めているワケではないのです。
そうです。そりゃあ恐いのです。

見たことのないものは、恐いのです。
「わからない」ものは、恐いのです。
「知らない」ものは、恐いのです。

All emotions are beautiful.です。
そこへ戻ります。

すべての感情は、すべからく、等しく、美しいのです。
と、言ってます。

実際見てみたら、
出会ってみたら、
体験してみたら、
案外、恐いもんじゃないかもしれません。

何故ならそれは、
あなた自身のものだからです。

だから、
もし、準備ができたら、
出会うのにいい環境ができたら、
会ってみたらとオススメします。

喜びだけがOKで、怒りはNG、なんて
もったいないです。

よく、世間では、「ネガティブな感情」
なんて言われています。

感情の表現に選り好みがあると、
何が起こるでしょう?

そのあなたの大好きな「喜び」の表現は、
嘘っぽいものになっているかもしれません。

感情表現は、どれかを止めて、どれかを出す、
というようなことは
実はできないんです。

自分自身の「怒り」と出会って、
感じて、また表現しない人は、
自分の「喜び」ともしっかり出会って
いない可能性があります。

心からの笑顔じゃないかもしれません。

怒りの感情と親しくなることは、
「素敵な笑顔」の為にも貢献するワケです。

笑顔だけではありません。

もっと微細な感情のひだ、
そんな瞬間瞬間に移ろっていく
自分自身の体験と共にいることができる。

自分自身を、言葉だけではなく、表情や、
全身で物語る
素敵な存在感を放つ人であるでしょう。



あなたの中にある、
怒りの火種。

何かあると、着火する、
体の感覚で言ったら、胃のあたりに、
何かありませんか?

個人セッションの場は、
それを安全に表現してみる実験ができる場です。

そして、体験してみるならば、
それは、実験に留まらず、あなたに恩恵を
もたらしてくれます。

怒りのエネルギーは大きいです。
生命力と直結しています。
人を行動へと駆り立てる力があります。

そんなエネルギーを解き放つことで、
それを自分にとって好ましい質へと変容させる
ことができる可能性があります。

ゆっくり、出会っていくことができます。
それもあなた自身ですから、恐くはないし、
ましてや悪い奴じゃない。
そして、その怒りには正当な理由があることに気づくかもしれません。
その怒りには、もっともなストーリーがあるかもしれません。
であるならば、その「怒り」には、居場所をあげることができる
かもしれません。

あなたの探求にご一緒させてください。
私は、興味津々で、よろこんで、
ファシリテートさせていただきます。




*個人セッションは、医療行為ではありません。


いつも読んでくださり、ありがとうございます。
よかったらぽちっと↓ お願いします。
ありがとうございます。


by masumihug | 2016-07-15 18:34 | 個人セッション

わたしを知って、わたしを生きる。神奈川県藤沢市にて、心理セラピーを行っています。ホームページこちらです。 https://kiku-therapy.jimdo.com/


by masumihug