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怒りにね
私の中にある怒りに
責任を持たなくてはいけない。

この映画を観て、
改めて、
そう思ったよ。

怒りを
麻痺させる為に
していることがある。

自分の中にある
確かにある
一触即発の怒りのパイロットランプ

いつもチロチロとある
それを隠して
何かでいる
社会の中で、人である為に


何かで居る為に
何かで居続ける為に
アルコールとドラッグで、自分の中の火消しをしている人

何かで居る為に
飲み込み続ける人
優しさで嘘をついてしまう人

どちらも持続可能じゃないのだよね

二人の関係が破綻する
というように一見見えるけれど、
破綻するのは、その人が自分を自分じゃなく居させる為に払うその努力

それを、
この映画はこれでもかと見せてくれる


私は、ジャックにもアリーにもなれる
のだよね
と、感じました。

どっちを選んでも残酷に見えます。

どちらも、身に覚えがあるように感じます。

だから、
とても、リアルだと感じました。

恐らく、そう感じる人が多いからこの映画は評価されているのでしょう。
Lady Gagaの中のピュアな質が本当にこの作品に共鳴してる。


このエンディングで良しとする
ということは、
ここに一つの希望がある 
ということなんだと受け取った。

確かに、
このエンディングの出来事は、一般的にはいいことじゃない
けど
私は、「これから始まるのだ」
という、気持ちがした。のは、確かです。

アリーが、
この後どうするのかを見たい。
と、思いました。

つまり、
これから、本物のスターになっていくのかな。
と、思考が動きました。


何かで居る
から離れて、
未知の領域へ
そこに、自分の形を描いていくのかな

誰かに望まれる形に
自分を合わせていくことで
ある種の成功や名声というのがあるし、
そこを通過するから
その先を見ることが出来るんだろう
とも思います。

そこを通過していく過程は、
火の輪をくぐり抜けていくように見えます。

その火の輪に、あっという間に焼かれてしまう人もいる

火の輪と思いきや、自分自身の中の火で焼かれてしまうのかもしれない
どっちかっていうと、そっちなのでしょう。

映画は、こんな華やかな世界を舞台にしているけれど、
内面で起こることは、
現代に生きている私たちに起こることと違いはないように感じる。

「私」を、私のままに生きようと
すればするほど、
こんな体験に直面する。

外へ向かうより、
内側へ、自分が自分自身へ近づけば近づくほど、
その過程で、火に焼かれるような目に遭うのは
なぜだろう。

ただ確かなのは、
アリーは生きている
ということ。

生きる という方を選んでいる
という事実。

焼かれてしまうと思いきや、
焼かれやしないのだね。

内側でチロチロと燃える炎も
自分を焼く程の熱い炎も
これは、私のものだ。

これは、私の命だ。

自分自身の生命だと気づいて
その炎を自分自身のものだと認めて
いくことなのかと思いました。

Lady Gagaの曲
Born this way
とも重なってきますかね。


ともかく、始めから最後まで
私は、いろんな種類の出方で
水が目から出ました。

観終わってからも、思い出すたび更に
大量の水が溢れています。

アリーの自宅の自室の壁に飾ってあった
キャロルキングの「Tapestry」のジャケット写真!

見つけた時、あまりの衝撃で変な音が喉から出てしまった。笑
そして、ぐっときて、また涙。

ああ、
私もまた、こうやって、
焼かれながら
水を出しながら
生きている

良い映画だった。




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by masumihug | 2019-01-08 01:48 | 所感

The Fools Who Dream






大好きなシーンです。

(text下に置きます)

もう何回見ているでしょうか。
でも、泣きます。

そして、
私と同じように
感じている人がいかに多いかということを知ります。

動画へのコメントから。

それを読んでまた泣くわけです。笑

世界中に、おんなじように、
ここで刺さる人がいる。

私と、おんなじように。

と、知ることが出来る。

いい時代。



The Fools Who Dream

LA LA LAND (2016)



My aunt used to live in Paris.

I remember, she used to come home and she would tell us these stories about being abroad.

And I remember, she told us that she jumped into the river once. Barefoot.


She smiled...


Leapt without looking

And tumbled into the Seine

The water was freezing

She spent a month sneezing

But said she would do it again


Here's to the ones who dream

Foolish as they may seem

Here's to the hearts that ache

Here's to the mess we make


She captured a feeling

Sky with no ceiling

The sunset inside a frame


She lived in her liquor

And died with a flicker

I'll always remember the flame


Here's to the ones who dream

Foolish as they may seem

Here's to the hearts that ache

Here's to the mess we make


She told me:

"A bit of madness is key

To give us new colors to see

Who knows where it will lead us?

And that's why they need us"


So bring on the rebels

The ripples from pebbles

The painters, and poets, and plays


And here's to the fools who dream

Crazy as they may seem

Here's to the hearts that break

Here's to the mess we make


I trace it all back to then

Her, and the snow, and the Seine

Smiling through it

She said she'd do it again






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by masumihug | 2018-12-10 17:26 | 所感

映画『万引き家族』観た




エンドロールの音楽がいいなぁと思ったら、音楽は、細野晴臣さんでした。
子役の二人はとてもとても上手でした。
もっとも役にはまってうまかったなぁと思ったのは、松岡さんという女優さんでした。

中途半端な描き方に
がっかりしました。

映画は、
テーマも、言いたいことも、別になくていいのだけど、
だけど、映画は少なくとも、人間に敬意を払って、
リアルな人間を描いて欲しい。と、思いました。

最後には、別のテーマの映画になっていたように感じた。

安藤サクラさん演じるのぶよが、意地悪な取り調べ官(なんと池脇千鶴!)から「羨ましかった?産めなくて」って、言われて、矢継ぎ早に次の質問を浴びせて「子供達になんて呼ばれてましたか?」

これに対して、のぶよは、絶句し、涙は意思に反してこぼれて、「なんだろうね。。」「なんだろうね。。」というセリフ。

この演技は、サクラさん自身の素からのもので、一見素晴らしかったのだけど、この子供産める産めないとか云々は、これはこれだけで女性としてはなかなか大きなテーマですから、いきなりこの終わり頃にこんなセリフは、古臭い目線の乱暴な脚本に感じました。

ここは、サクラさんを泣かせるんじゃなく「なんだろうね。。」だったらもっとすっとこの映画のテーマにそったと思う。

今のままだと、ああ、「産めなかったのね」と多くの人はそこに理解を持っていっちゃう。➡︎ヘタすると、単純に「あら、この人産めないんだ。可哀想」へ収束してしまう。ヘタすると、観ている産めない人、産む機会を逸した人、が、こんなところで無防備に事故に遭う。え?そういう映画だったっけ?って。

母でもなく、おばさん、お姉さん、でもなく、明らかに他人だけれども、あの子に私は、強く惹かれた。あの時、私に何が起こっていたのか。これが愛なのか?それとも母性というものか?同情か?私としたことが、そんなことからは私は距離を置いて生きて来たのに。。とか、例えばだけど、もっとここは丁寧に、たくさんの自分自身に起こっていた感情や、本人も正面切って触れたことがない、自分自身の奥に強い人へのニーズがあることに気づく、思いを馳せる場面にして欲しかった。

観ている人にも同時に問いかけることになり、想像と体験をさせる場面になったと思う。
実にここは山場だから、大事に扱いたい。

他人の寄せ集めが家族を作っている。それが出来得る。というのがこの作品の一つの柱だと想像するので。

もう一つ、気になったのは、「死体遺棄は重い罪ですよ」との言葉に、のぶよは、「捨ててません」「捨てられたものを拾ったんです」「捨てた人が他にいるはず」と少し怒りながら言う強いセリフ。

こんな風に、社会に物申す的なセリフを言わせるところが、脚本の幼稚さを感じます。この底辺(と、ここで描かれている)
の人たちは、イデオロギーで生きてるわけじゃない。だから、セリフで説明するんじゃなく、行動や丁寧な演技、演出で見せて欲しい。

映画なんだから、言わずに言って欲しいんです。
そこが、監督の腕の見せ所じゃないかと私は思うんだけど。

民放のドラマみたいでした。

なんのために120分も贅沢に使うのか。
こんな作品でパルムドールでいいのかな。
フランス人は、日本人に少し甘すぎると思うな。

このアイデアでストーリーを作ると決めたなら、ここに描かれている本当にこれを人生でやっている人に敬意を払うように作って欲しい。

本当にこのように生きている人たちは日本にごまんといると思う。そして、こういう人たちはきっと僕の作品を見ないと思ってバレないとでも思ってる?って勘ぐってしまう。ばかにしちゃいけない。

是枝さんのキレイゴト感、家族観の押し付けは毎回感じるけど、今回もだった。

そして、女性へ、幻想の女性を押し付けるのも観ていて心地悪いです。
サクラさんは器用に演じてたから、一見筋が通って見えたけど、自動的に母性を出したり、自動的に欲情したり、を見ると、「ああ、この人も女性をこんな生き物だというところで留まってるのか」と、監督の幼稚さを見せられるようで、作品への信頼を一気に失います。

もっと監督自身がわかるもの、自分のもの、を深めて作品にしたらいい。
自分の、もっと深いところを探ったらいい。
それは、見せたくないの?

人の代弁しなくていいよ。
「あなたが言いたいことこれでしょ?」という感じは、
興ざめします。
違うもん。
そんなに、人ってステレオタイプじゃないです。

それから、リリーフランキーは、最早、リリーフランキーが喋ってるとしか思えない。役をやって、セリフ喋ってるって、思いながら観てしまう。(リリーさん私は好きだけど)

リリーさんはいろんな作品に引っ張りだこで世界的に有名な俳優さんになってしまうけど、俳優じゃないよってテイでやってるうちはよかったけど、これからどうするんだろう?限界じゃないかな。アドリブ時に不要なセリフが多くて気になりました。

安藤サクラさんも上手だけど、彼女を観てると、安藤和津さんと奥田瑛二さんを同時に思い浮かべる。
お!義理のお父さんも出てるね、とか、いらんことばかり考えていました。

すごくおもしろい設定なので、もっともっとご自分の中で大切にエッセンス化して、丁寧に作ったら良い作品になり得るのに残念です。

多分、監督が自分の内側を丁寧に探ってエッセンス化してないから、俳優たちスタッフたちに伝わってない。俳優さんたちは、それぞれ自分の理解で消化するしかなく、分からないから無難なところに留まり、それがバラバラに表現されてしてしまうから結果として全体として矛盾を感じるのかもしれないと想像しました。

錚々たる俳優を集めるのは、勝手にやってくれるから?とも思ってしまうよ。

結局血のつながりがあるのは、おばあちゃんとさやかだけ。さやかの設定はおもしろい!と思いました。

だけど、何でもかんでも盛り込み過ぎ。

実の血のつながりあっても、無理なら、他人が育ててもいい。むしろそのほうが良い。
そして、それは、なにもその子の人生の全部を引き受けなくてもいいのだ。その子は、その子で育つ。その最低限の年齢まで愛的なものをあげられるなら、よっぽど他人で良い。共に居るという意思を持って選択的に誰と居るか決めているのだから。そして、子供は育ちやがて自然に離れる。それでいい。
と、いうふうに私は勝手に解釈した。しょうたが一人バスで帰る場面で。
しょうたくん役の彼は演技で語っていました。作品を理解し、全身でしょうただった。すごい俳優だと思いました。

そして、血のつながりのある家族は、やっぱりどんなにぶっ壊れていようとそれがその家族の形なんだと私は思います。そこで血が流れるかもしれないけど。そして、安全で冷静な所にいる他人が、この映画の寄せ集め家族を見て、諸手を挙げて万歳する姿は、まさに、現実の汚いものをないことにすることに一役買うのです。それは、よっぽど恐いことだ。

この家族だってしょうたによって分解することになったんです。やっぱり絵空事は絵空事だとしょうたの中のまともさはわかっていたように思いました。ここだけは、現実的。しょうたはいつの間にか、生きるのに必要なたくましさや自分の感覚を信頼する強さを身につけていました。

だから、蛇足なのは、社会への問題提起的な部分。
そこを除去したらきっともっといい。

映画を観てこんなに文句を言うことは滅多にないです。




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by masumihug | 2018-06-15 03:05 | 所感


映画『わたしを離さないで』
良過ぎます。


カズオイシグロさんにノーベル賞をあげたいくらいです。(もうもらってますね。知っています。)


そして、この作品で「映画とシェアの会」が叶いました。
声をかけてくださった方のおかげさまです。うれしい!
有難いです。


シェアの場を持つことで、更に更に
思考がゴロンゴロンと転がって、展開します。


一人では見えない景色が見えてきます。

なによりのわたしのよろこび、栄養です。


ご参加の皆さんも、わたしと重なるタイプと信じています。笑
有難や。


シェアの機会を持つことで、

この映画のもっともっと奥の部屋まで探検することが出来た。


カズオさんが込めたかったエッセンスに手が届いたような錯覚は、

わたしの胸を踊らせます。(╹◡╹)


わたしの映画の感想を
書いてみます。

よかったら、しばらくお付き合いください。笑


生というものを成り立たせるものは何か。
生というものを、満たすものとは、本当は何か?


私たちは、人生で何かを成し遂げようとするけれど、本当は何を求めているのか。


そんなことを、自分自身で問う機会になったと思っています。


太古の昔から不老不死の薬「エリクシール」を人類は
求めていて、今も形を変えて「寿命」を延ばすことが良いこととされている。

そこで思考停止している。
気がします。


生きるということに意味を持たせようと、躍起になる。

それはきっと、何かを成し遂げること、ひとかどの人物になること、そのように人に言われること。

確かに、そういう動機がなければ、生きるということを継続していくことは難しいかもしれない。


不老不死の薬「エリクシール」さえあれば、
そんな、取りこぼしたことが、
人生を延長することができれば!
すべてを取りこぼすことなく、後悔なく生きることができる。


延長することができれば!
コウカイなく!


もしかしたら、「寿命を延ばす」ことの動機というのは、
こういうことなのかもしれないとこの映画を観て、
思い当たりました。


これは、いつかの時点で誰かが思った動機のように感じます。


(注:エリクシールを探しに行く映画ではないです。笑)


この物語の主たる登場人物3人は、28歳で人生を閉じていきます。
映画の中ではそれを、「終了」と言います。


彼らは、人類の平均寿命が100歳を超えた世界で、臓器提供の為に生まれた存在なんです。
そして、実に、わたしから見たら、羨ましい程に生を完了していきます。


「わたしは、確かに生きた」と、自分自身を肯定し、
自ら「終了」へ入っていく様は、清々しくもありました。

(映画の中ではそんな説明はまったくされません)


そこへ至る葛藤の様子、エピソード、もがきやむずかり、
(一応)普通に生きているわたしとそれはなんら変わりない。


だけど、その途中途中で体験する、人との関わり合い、コンタクト。

起こる小さなやりとり、目配せ。


その瞬間に、どれだけ居たか。

その瞬間をどれほどのものと位置付けたか。
忖度や想像じゃなくて。


そして、自分にとって大切なことを共有出来る人と
出会っていることに気づいているか、
それを、共有しているか。


そこで、とりこぼされていくこと。
ぼろぼろと。


その、「成し遂げる」こと、人生の大義名分を優先することで、

とりこぼされる、生身のやりとり。


その記憶が、人生の最後に、思い出されるとしたら。


あの人に「ごめんね」って何故言えなかったんだ。
あの人に「そばに居て」って何故言えなかったんだ。


これは、何も寿命を伸ばしてまで、
「猶予」を乞わずとも、出来ること。のはず。


気づいていれば。
表現していれば。
共有できたならば。
直接言っていれば。
その場で完了していたら。


新しい薬や、最新医療、臓器提供を否定する気はまったくないです。
延命治療されておられる方を否定することを言ってるわけでもないです。どうか誤解なきよう。


この原作や映画が世界で民族を超えて共感共有されたことには

意味があるだろうと思っています。


カズオイシグロさんが、あの方の在りようそのままに、

淡々と語る語り口で、自分自身にとっての大切なことを告白してくれているみたいです。


もう一つ、


「役に立つ」という、

わたしが日頃「恐い言葉」と思っている言葉があるんですが、

主要人物の中の一人が、まさに、「役に立つ」とはどういうことか、

を、見せてくれているようにもわたしには、思えました。


「役に立つ」「わたしは役に立っているか?」は、
わたし自身がハマりやすい罠でもあります。


以上、わたしの勝手な解釈と想像の映画の感想です。


もし、読んでくださったとしたら、
ありがとうございます。


シェアの機会を持つことで、

この映画のもっともっと奥の部屋まで探検することが出来た。


カズオさんが込めたかったエッセンスに手が届いたような錯覚は、

わたしの胸を踊らせます。(╹◡╹)


「映画とシェア」の場を、

なるべく気楽な構造を作って

継続していきたいと思っています。


ご一緒できたらうれしいです。

どなた様もウェルカムです。





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by masumihug | 2018-03-05 06:47 | 所感

〜〜 Instagramより 〜〜



  • めんどうくさい庵 其の二 藤沢
    『Mommy』

  • 昨日、終えました。
    ご参加くださったみなさまに感謝の気持ちです。

    今回も、深く深いところまで、
  • また、拡げて伸ばして、
  • 作品を贅沢に味わいました。

    参加のみなさんが、
    その場に居続けてくださって、
  • また、ユーモアを忘れずに含めてくだったおかげさま。

    Feel more は、
  • 必ずしもfeel better を連れて来てはくれない、
  • ということを知っています。

    だけど、そこに、

  • からだとともに居ることで、

  • 誰かと共に居ることで、

  • ユーモアを忘れない人がいることで、

  • 誰かの呼吸の音が聴こえることで、

  • その感じていることが、

  • そのこだわりが、

  • その気づきが、

  • 意味を持つ。

  • 価値を持つ。

  • 大切に扱われる。

  • 宝となる。

  • 知恵となる。

    人生を、
    意義深いものにすると、

  • 信じています。

    そして、その瞬間は、
  • なにものにも代え難いと思っています。

    自分自身に触れるとき、
  • 他の誰かにも触れている。

    それは、人に備わっている
  • 四つ目の欲求なんだろうと思っています。私は。




    次回、『愛のコリーダ』って話が出ています⁈

    おぉ!早く観たい、
  • 観て、語りたい、と、
  • 私の衝動が動いているのに気づいています。


    12月に出来たらいいな。
  • みなさん、師走、忙しい?


  • #めんどうくさい庵
    #藤沢
    #映画
    #グザヴィエドラン
    #Mommy
    #シェアリング
    #対話
    #且坐喫茶
    #ゲシュタルト
    #気づき
    #コンタクト
    #からだ
    #呼吸
    #誰かと


〜個人セッションでお会いしたいです〜

120分間、自分自身に最大の興味と関心を向ける
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by masumihug | 2017-11-06 11:41 | めんどうくさい庵
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「めんどうくさい庵」其の二 藤沢にて
11月5日(日) 

今度は、
『Mommy / マミー』

お一人お一人の中にある、
鍵盤のどれかが押され、音が出るはずと思ってます。

鑑賞します。

その後、作品の余韻と共に、
めいめいにお昼休みをお過ごしください。

お戻りなられたら、「且坐喫茶」。
お茶を一服お召し上がりください。

亭主よりお茶のふるまいがございます。
そして、おもむろに、対話の場へ。
の、予定です。

ゆったりと時間と空間を使って、
五感と、思考と、また、身体に感じるものへも
普段より丁寧に、そして、ちょっとめんどうくさく
関わっていくことを私たちのおもてなしとして
その場に居たいと思っております。

呼吸が、言葉になったら、
表現したり、
聴いたり、聞いたり、黙ったり、ただ居たり。
それが混じり合っていくと、
何処へいくのでしょうか、何を見るのでしょうか。

この日ばかりは、ちょっとめんどうくさく。
ご一緒できたらうれしいです。

「めんどうくさい庵」其の二 藤沢

11月5日(日)
10:00〜観賞 『Mommy/マミー』
13:30〜シェア(午後からご参加もOKです)

*スケジュールはずれることがあります。
その場のプロセスを優先いたします。

場所:藤沢駅から徒歩6分(ご参加の方へ詳細をお伝えします)
参加費:2500円(上映・お茶お菓子含みます)

めんどうくさい庵亭主
桜井敦子(フェイシャルセラピスト・茶道家)
佐野珠美(心理セラピスト)

お問い合わせ遠慮なく。
どなた様も歓迎です。
お申し込み・お問い合わせは、メッセージにて♪
facebookにイベントページがあります。

〜〜〜



監督:グザヴィエ・ドラン

ギリギリの生活を送るシングルマザーのダイアン(アンヌ・ドルヴァル)は、15歳のスティーヴ(アントワーヌ・オリヴィエ・ピロン)と二人で生活している。彼女は最近矯正施設から退所したばかりの注意欠陥多動性障害の息子の扱いに手を焼いていた。やがて母子は隣の家に住む、今は休職中の高校教師カイラ(スザンヌ・クレマン)と親しくなっていき……。

〜〜〜

「めんどうくさい庵」のこと

映画の作品そのものの批評やレビューなら、
ネットでいくらでも見ることができます。

ここでは、少し違って、
映画の作品を(観たこと)通じて
体験しているものを持ち寄って、
広げてみたり、聴いてみたり、考えてみたり、黙ってみたり、
味わってみたり、質問してみたり、
ちょっとめんどうくさくかかわってみる場です。

亭主の二人も対話に加わります。

二人とも、映画を一本観たら
いつまでもどこまでも思考を巡らし、
あらゆる感情に揺さぶられ(これは主に珠美)
それをいつまでも楽しむタイプです。笑

結論やまとめは、ちょっと置いておいて、
あえて、ちょっとめんどうくさく(*)
対話を深めていく場。

*「めんどうくさい庵の名の由来」は投稿にあります。

誰かが語れば、
様々なその人固有の体験、価値観、視座、
景色、がそこに立ち現れてくるはずです。
その度に、他の一人一人が、
その感覚を試着してみることも出来ます。

あなたが黙って話を聞きたい派ならそれもよし。

めんどうくさい二人が、
そのめんどうくささをおもてなしとして
お客さまをお迎えします。

亭主から、一服のお抹茶と菓子のふるまいもあります。
そちらも共に、お楽しみください。


〜亭主の二人〜

桜井敦子(さくらいあつこ)
フェイシャルセラピスト、茶道家

佐野珠美(さのますみ)
心理セラピスト(ゲシュタルトセラピー)

*二人とも「哲学カフェ」や「エンカウンターカフェ」のファシリテーションの経験を持っています。何よりもその場が安全である為に以下のことを大切に考えています。

・どんな意見にも、どんな感情にも居場所があります。
・誰かを傷つける場でも、自分自身を傷つける場でもありません。
・どこかで聞いた話より、自分自身の体験を。
・いつでも「No」や「ちょっと待って」で自分自身を守り、表明することができます。
・守秘義務があります。誰かの/私の個人情報は、大切に扱われる必要があります。

〜個人セッションでお会いしたいです〜

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by masumihug | 2017-10-26 03:11 | めんどうくさい庵

LA LA LAND




『LA LA LAND』
素晴らしく良かったです。

「少しの狂気が新しい色を見せてくれる」
(うろ覚えです)
っていう言葉がもっとも私を泣かせた。

人の中にある狂気。
私はそれを肯定的に捉えたいから、
「狂気」なんて表現が映画の中で語られたことが
とても嬉しかった。

自己イメージの実現と
自己実現の狭間での苦悩。

同じ葛藤を持つ二人が人生の一時期を共にする。

苦悩や反発や拒絶や落胆や絶望。

誰もそんなもの望まないのだが、
「じゃあ、ほんとにそれがなかったら?」
と、映画に、
最後の方、問いかけられる。

「それを諦めたのは、
そこで選択したのは(或いはしなかったのは)、
そこで涙を飲んだのは、
そこでバカにされたのは、
そこで辛酸を舐めたのは、

私が私の真実と居たかったから。」

狂気の沙汰もいいところ。
そして、そうでしか居られなかった。

私は、すっかり自分を投影してしまって、
そんな言葉が浮かんで来ては、
涙がこぼれた。

共感してもらったようなうれしさ。
そしてまた、
その局面局面の震えるような感情、孤独感が蘇る。

そして、
そんな瞬間が、誰の中にもあるのじゃないかと
想像する。

表現者、クリエイター、だけじゃない、
今の時代は、誰もがこの感覚を共有すると思う。

ファンタジックに描かれることでむしろリアリティを
増しているように私には思えました。

夢と現実の境を本当に断じることが出来ようか?
と、私は思っているから。

そして、ラストシーンには驚いた!
これは、アメリカ人の精神性はいつの間にこんなに和風になったのか?と思いました。
皆まで語るな的な。。

そして、
このラストシーンの二人それぞれの、選んでいる状態・環境が
そのまま未来永劫続くとは限らない。

この瞬間もまた単なる瞬間のこと。
死ぬまでプロセスは続いていくわけだから。

そして、映画を見終われば、自分自身のプロセスに
置き換えている私に気づきます。

私自身もまたプロセスの中にいて、
選択するのはいつも自分自身でしかない。

孤独と孤立を勘違いしないよう自分に言い聞かせながら。
さぁどうする?と問いかける。

だけどそして、
私たちは皆ファンタジーの中に生きている。
自分自身が作った世界の中に生きている。
そして、そうであるならば、
今、出会っている現実が自分にとって好ましくないはずがない。
だから、向き合うことができる。

向き合うことで、コンタクトが生まれる。

そう信じております。

実に良い映画でした。

この体験はしているけれども
説明しにくくて、誰かと共有しにくかった世界を
2時間で見せてくれた
デイミアン・チャゼル監督に賞賛の拍手送りたい!

多くの受賞は本物だと心から思う。

大好きなライアン・ゴズリングが素晴らしかった!
エマ・ストーンとの共演で、
この二人だから、観客はこの映画の世界へ没頭できたと
思う。

ありがとう。







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あなたのための時間です。
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by masumihug | 2017-04-26 23:52 | 所感
『インターステラー』とっても良かったです。

報告します。


160分!と長いんです。だけど、最後の方で、
全部が、つながりました。


それが、自分の生きてるこの環境のことを示唆しているから、
どんと、自分へ戻ってくるから、あぁ〜!と腑に落ちました。


それが分かるまでは、
こんな大袈裟な舞台設定が必要?って疑問があったのだけれど。


5次元の世界の、5番目の要素とは、「愛」ということかって。


時間も、空間も超えて、観察している視線とでも言うのかなぁ。
そういうことか!って。


量子物理学の世界の、

観察者の視点に、愛の要素が加わった感じってことかと。


SFは、出来過ぎって、言うけれど、
この、今住んでいる世界こそ、出来過ぎなのだから、
宇宙は、出来過ぎで当たり前、なんだよな〜と、思う。


そして、とうとう出た「愛」という要素。


それが、科学的な根拠を得た、とでもいうような、
そんな感覚を、リアリティーもって感じました。


いやはや〜、そこか、そこなんだね〜。
そりゃそうだよなぁ。


監督のクリストファーノーランの本当の意図は、
解らないけど、わたしは、160分で、
5次元の意味が解ったから(わたしなりに)、
どんな授業よりも
最短で教えてもらった感じしてる。


自分の中で、辻褄が合った。
仮説が、確信になった。


ストーリー自体よりも、いや、
ストーリーあってのことではありますが、
この世の謎が解けたような感覚に、
よろこびがあります。


ゲシュタルトのセッションの中で、

クライアントさんの、亡くなった親しい方を

扱うこと、結構あるんです。


亡くなっているからこそ、

その人を身近に感じることが、出来ます。


いつでも、思い出すと、その人の存在を

感じることが出来、会話が出来、

まさに今、ここで会っているような感覚になることできます。


それは、ある種の慰めでもあり。。

だけど、

それ以上のものがあると、感じていました。


そこに、根拠とでも言いましょうか、

わたしなりの、確信が出来たような、

感覚があります。


多分、重なることだと、思うんです。


急に観たくなって、
観て、よかったです。


多分、油井亀美也さん無事帰還に

微妙に影響されたと思います。笑

あの方、いいな〜。素直な表現が好き。

お父さん譲りなんだろうな。


◎ちょこっと補足したくなりました。

父の娘への想いが描かれています。
だけど、ただの家族愛の物語なら、映画の設定は、
それこそ、半径3mの日常でいいわけです。


宇宙の、この世界を、成り立たせる要素として、
5次元目とは、
5番目の要素は「愛の眼差し」なのだと、
そんなふうに受け取ったんです。
(この世は、10次元あるとかって言われてますけどね)


映画の中では、そんなベタに語られるワケじゃないですけど。。。
わたしが、そう受け取った。というワケです。


インスピレーションが、刺激される、
どさっとやってくる、
そんな映画でした。


みなさま、ぜひ、観てみて〜。
そして、感想を聴かせてほしいです。




〜個人セッションでお会いしたいです〜

120分間、自分自身に最大の興味と関心を向ける
あなたのための時間です。
あなたがあなたと出会っていく時間になります。

     




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by masumihug | 2015-12-14 02:28 | 所感

おもしろかった!

単純に、いい。
こういうの。

映画を観て、
考えさせられたり、
心やカラダが、
揺さぶられたり、
そんな、
体験が、好きなわたしだけど、
時には、
こういうのが、いい!

だけどね、
侮るなかれ、

結構、よく出来てる作品だとは思う。

低予算で作ったらしいけど、
キャラクターを説明するような場面なしで、
一人一人を、
観ている方で、
受け取っているのに気づく。

わたし、
日本のドラマなどで、
セリフが説明になっていたりするの
見ると、ちょっと腹が立つのです。

プロの仕事じゃないと思うもん。

映像って、
ものすごい情報量を送り出すことが
出来るワケで。

だから、
夢を見ているときもそうだけど、
象徴的な何か一つあれば、
「アレだ」と、分かるワケで。

映画は、そうであってほしい。

この映画は、
よく考えたら、そういう宝庫みたい。

脚本や、画面に映っている小物や、
もちろん俳優の演技や、
それら全部が、意味をもって、
全て協調して、
実現すること。

それが、ぴたっと、はまっているから、
観ている方は、
映画に没頭できる。

単純に楽しめる。

いい映画だった。

TSUTAYAへ行って、
なんか観るものないな~って
思ったら、
コレ、いいかもよ!




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by masumihug | 2015-07-10 06:00 | 個人セッション
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him ➡︎ herの順
まだ3月になったばかりだが、今年一番の映画になりそ。

すごく、良かったよ。
最後は、泣いて泣いて、声に出して泣いてしまいそうだった。

隣の知らない彼女も同様だった。いや、わたし以上に
嗚咽だったから、
思わず、ハグしてあげたくなる。

うん、そうだよね、貴女も、女で、
貴女も、あなた固有の経験を経て、
今わたしの右隣にいる。って。言いたくなった。

ところが、今、思い出しても、何処が、とあんまり言えない。
わたしの内側が、わなわなと、共感に震えて泣いてたんだ。
悲しい、とも少し違う。

多少乱暴な言い方だけど
スジなどどうでもよくて、
とってもリアルに人の記憶を辿っていく感じ。

そして、それが、見る人の、記憶や感情や、奥深くの何かに
届いて、共鳴していたんだと想像する。

事実と記憶は、違うもの。
ましてや、二人の違う人間の目を通して
見ている事実は、きっと似ていて、随分と違うんだ。
記憶なんて、もっとだろう。
そして、それでいいし、それがリアル。

特にカップルには、どれが事実かなどは、関係ない。
ただ、わたしにとって、あなたが、どれほど特別か、
わたしは知っている。を、身体が知っていればいい。
と、わたしは、思ってる。

そして、縁があればあるカップルほど、
目の前に難しい難題に出っくわすのかもしれない。

そして、それは、2人で取り組もうとしても難しいのかもしれない。
時にそれは、二人を引き離すのかもしれない。
そんなテーマが、二人の前にドンと置かれる。

そして、一人になって、自分自身に取り組んだ時、
何か、意図は、二人をまた再会させるのかもしれない。

一人取り組むとき、何人かの友人、家族、同僚、または知らない人、
異国の地、風や天気に助けられたことは、
戻った時、新しい二人をもっともっと頼もしくしているでしょう。

今、そんなことが浮かんでいる。
もう、観てから数日経っている。

この映画、him、her の他に、themがあるんだって。
本国アメリカでは公開されているみたい。

もう一回、二つ観たい。
それからDVDで英語確認したい。

良かった!
オススメします。

あぁ~、一番大声で泣きそうになったのは、
エリナーの妹が、興奮して家から出て行こうとする
お姉ちゃんを、何度も振り払われながらも、
最後は、身体全体を錘のように使って、阻止した
ところ。わたしにとってツボでした。

この人が、この後どうするか、なんて、そんなの
わからないけど、命を、なにがなんでも、命をかけて守ってくれる。

家族とは、本当にありがたいものだと、
実感したときのことを、思い出すのです。





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by masumihug | 2015-03-04 21:01 | 所感

わたしを知って、わたしを生きる。神奈川県藤沢市にて、心理セラピーを行っています。ホームページこちらです。 https://kiku-therapy.jimdo.com/


by masumihug