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それは自分

10月11日のブログ記事
は、
実は、7月に書いたものでした。

読み直しながら、修正を何度も加えていて、
そのうち、そのままになっていました。

そして、つい最近起きた
胸の痛む事件の報道を見て、
「そう言えば。。」と、
自分が下書きしていたこの記事のことを
思い出しまして、
修正を完了させたと言う次第です。

私が書いた記事は、
なにも、「会社を辞めちまえ」とか、
会社勤め自体を否定する意図は全くないです。

私自身、会社員時代が長かったですし。
そこで培ったものも大きい。感謝もあります。

ただ、「置かれた場所で咲きなさい」
と言う、一見やさしさや洞察に溢れたような
言葉が、この日本の伝統、文化、慣習から
かけ離れたものではなくて、
むしろ、その文脈から生まれた言葉であるなぁ
と思うワケです。

それは、彼女、まつりさんが働いていた
職場が持つ文化や雰囲気と出自が一緒なワケです。

そこに気がつくことが求められていると
私は思うんです。

言い方、場面、が違うだけ。

だからね、
実際には、解りにくいんです。
見分けがつかない人がいても仕方ない。

なによりこの本、売れてるんですから。
多くの人が賛同しているってことです。

この本の読者が、一方で、「電通の人でなし!」って
同じ口で言ってる可能性があるワケです。

こうやって並べたら分かるけど、
この空気の中にいたら、
解りにくいのです。

「違和感」に敏感でありたい。
「口当たりの良さ」よりも。

日本の伝統、文化、習慣。大好きです。
その精神性は、確かに私の土台の一部を作っていると
感じています。

そして、一方で、
「(個体ではなく)液体であれ」
「生産しない者に価値なし」

と言うメッセージが
教育の場や、コミュニティー、或いは家庭の中に
今でも
有形無形に込められている、と、感じています。
結構厳しいメッセージと感じます。

そういうメッセージが生まれ易い
土壌なのかもしれません。

表面的には、
「個性を伸ばそう」
「あなたはあなたのままでいい」
なんて言ってますが、
二枚舌です。

信用すると梯子を外されかねません。
そんな恐怖を感じます。

大人になりたての人や、特に女性にとって
(最近は男性にとっても)
社会に出てから、二つの価値観とどう折り合っていくかは、
非常に迷うところだと、私自身の経験からも
容易に想像できます。

そこに、個人的な事情もレイヤーされて来ます。

彼女は母子家庭の中で育った方です。
もしかしたら、早いうちに大人になることを
自分自身に求めたかもしれません。

頑張り屋さん。
もっと言うと、誰かの物差しに合うように
行動することがとても上手です。
逆に言うと、自分自身の物差しがない人かもしれない。
自分の物差しを作り損ねたというべきか。

職場で関わる複数の人たちの物差し全部を満たすことを
してしまいがちです。
自動的に自分を脇に置きます。
一日24時間じゃ絶対足りるワケありません。

この事件は、そういった文化や環境や個人の背景などの
条件がぴったり合ってしまった延長にあるのではと
想像しました。

あくまで私の想像です。

そして、育った家庭の事情によって、自己愛が
健全に持てない若い方がとてもとても増えています。
一見明るく健康的見えます。
そう見せるのがとても上手なんです。
ところが、中身はボロボロだったりします。

ごくごく普通と感じる会社の業務、会社生活も、彼女彼らに
とっては、いっぱいいっぱいです。

ひいては、注意散漫になります。
信じられないくらいの初歩的なミスをします。
「バカだな」「学歴いいのに結構頭悪いね」
「やっぱりゆとりだからね」
そんなことが囁かれます。

本人も薄々気づきます。
余計に緊張してパフォーマンスが下がります。
日々の食べ物にも気を使うことができません。

だからと言って、
誰がそれをケアするでしょう。

同僚は、家族じゃありません。
上司は、親じゃありません。

生活や、躾は、会社が受け持つところではない。

やはり、本人、家族が、
受け持つところになって来ます。

このニュースに絡んで、たくさんの人が
周囲は無理してでも病院へ連れていくべきだとか、
周囲の人は気づいてあげなくてはとか、
自分はそうしたいとか、
書いておられる方を多く見ました。

そういうお節介や強制、強要があったらよかったかも
しれません。

実際のところは、当事者しか分かり得ません。
そうしたいと思って葛藤していた人も周囲にいた可能性もあります。

繰り返しますけど、中にいると分かり難いのです。
判断しにくいのです。

つい、自分に湧いてくる「違和感」を打ち消してしまいがちです。

「カラダがもつなら、今まさに、この人の頑張り時だよな」
なんて、思っていた人もいるかもしれません。

「まさか死ぬなんて。」
「あの時感じた自分の違和感に従ってみればよかった」
と、後悔している人がいるかもしれないです。

悪い人ばっかりじゃないです。

日本は、元々きついコミュニティー文化を持ってました。
地方へ行けば恐らく今だってそうです。

「コミュニティー=家族(肉親)」
のような考え方にすぐになります。

そして、ありがちな方向として、
最悪なのは、

「周囲の人に気を配りましょう」なんてスローガンが
できたり、更に最悪の場合には、
ルール化されたり、義務化されたりなんて、
阿呆らしい事になったりします。
「絆」とか名前がついたりしたらもっと最悪です。

ただでさえ、
ルーティンだけでいっぱいいっぱいな社員達、
一億総活躍しなくちゃいけない人達、
ワークライフバランスで早く帰宅しなくちゃいけない人達、
早く帰って妊活の為のセックスをしなくちゃいけない人達、
に、
また更にやる事が増える事になります。

結局、コレ、きついコミュニティー文化そのものです。

日本以外の場所に住んでいる日本人(プロブロガー?)が、
日本人は冷たい、日本人はお節介しない、日本のサラリーマンはバカだ、
日本の悪しき習慣だ、と糾弾しているコラムも見ましたが、
この人こそ、そんな離れた場所で、つまり安全な場所から、
そんなことよく言えたもんだと、これについては私は
違和感しか感じませんでした。

こんなふうに、個人的なストーリーに火がついて、自己制御を失い、
個人的な意趣返しを、まつりさんの墓前で発散させている人がいます。

故人に失礼です。
何かしようとしてた人、いるかもしれないんです。

そして、誰かを過剰な感情で糾弾している人は、
そこに自分を見るからです。

冷たくて、お節介ができなくて、思考停止のバカで、
コミュニティーの空気を読み過ぎて硬直してしまう
のは、あなただからです。

だから、日本から出て行ったのでしょ?
コミュニティーのきつさに嫌気がさしたの自分でしょ?

「日本にいると自分はダメだ」と、やっぱり誰かのせいにして。

どこへ行ったって同じです。

それは、自分なんです。
それを知ることです。

話が逸れたかもしれません。

いつの時代でも、
例えば、戦争や国民みんなが同じように
ぎりぎりの体験をした後に、個人個人の辿る道が
違うのは、どんなふうにサポートされたかです。
どんなサポートが自分に必要だと求めたかです。

精神的に安定した親がいる人は、非常にサポートされるワケです。

安心してサポートされた経験は、
自分が自分を健全に愛すること、大切にすることを
育むことを支えます。

これに尽きると私は思います。

残念ながら、家族との折り合いが悪い方もいらっしゃいます。

朗報は、後からでもできます。ということです。

家族と死に別れていても、今家族とダメでも、
自分自身とじっくりと時間をかけて向き合うことで、
開けてきます。必ず。
これは、どんなことに努力するより、やる価値のあること
だとわたしは思います。

自分自身を救う方法です。

まつりさんのご冥福を心からお祈り申し上げます。
彼女を想うと、涙しかありません。

わたしはあなたの家族じゃないし、
あなたのコミュニティーに居た人じゃない。
そして、あなたを抱きしめたいと感じます。

そんな人が、今たくさんいることを彼女に伝えたい。
そして、生きていたときだって、多分そうだったはずです。

周りの人は、あなたを尊重するから、弱きものとして
扱わない。

弱きものとして、言い換えれば、守るべき存在として、
あなたを扱えるのは、あなたの親だけなんだ。
そして、あなたが思いっきり甘える権利を一生持っているのも親だけなんだ。
理由なしでいいのは、親子だけなんだ。

ずっと、大人でいたのだものね。
そんなこと分からなかったよね。
初めて、子供になれるかもしれなかった機会だったかもしれないね。

あなたがどうしたかったか、
この世へメッセージを送ってほしいよ。

あなたが死んだことで、
国が動き出したね。

日本中のあちこちで、
あなたのことが話されているよ。

だけど、
それは、あなたの本意かどうかは
私は分からないなと思っているよ。

あなたは、ただ、
お母さんに抱かれて
ただ甘えて、そうすることで、
お母さんもよろこんで、
そのよろこびが
くっついた身体を通じて伝わってくる。
それが永遠に感じられる。
そんな、甘い時間を過ごしたかったのじゃ
ないかと、想像するんだ。



(念の為に書きます。まつりさんのお母様に責任があるという
意味ではありません。愛する娘を失ったお母様のご心痛を想うと
胸が痛みます。そんな中マスコミに対応もされていらっしゃるのは
ひとえに娘の死を無駄にしたくないという強い思いでおられるの
だろうと想像しています。)




〜個人セッションでお会いしたいです〜

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いつも読んでくださり、ありがとうございます。
よかったらぽちっと↓ お願いします。
ありがとうございます。











by masumihug | 2016-10-16 06:35 | 所感

『FAKE』

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静かに話題になっていた映画
観ました。

この人は、
まだ必死で守っていました。

何を、必死で守っていたかというと、
自分自身が空っぽだってことが、
バレてしまうことです。

その為に、ありとあらゆる嘘をつきます。

嘘で作った前提を元にして、
更に嘘を重ねていきます。

しょっちゅうボロが出ます。
だけど、おかまいなしです。

お名前が守というのも、
おもしろい。

そして、一番に騙しているのは、自分自身です。

自分自身の中が空洞であることを、
自分自身が、それと直面することを
なんとしても避けなければなりません。

もし直面したら、たいへんなことになる。
という信じ込みが身体に刻まれています。

それが、転じて、
もし嘘がバレたら、たいへんなことになる。
にいつの間にかすり替わっています。

少しでも嘘がバレそうな雰囲気になると、
自分の中の警報がけたたましく
鳴り始め、また、嘘をつきます。

どうしようもない嘘でもつかなければなりません。

嘘の自転車操業です。

生きるため、嘘をつき続けます。

こういう人は、います。
意外と結構います。
自己愛が壊れている人です。

育つ過程で、自分自身を作り損ねて
しまったのかもしれません。

生きる為に、それどころじゃなくて、
ゆっくりと
体験を通じて自分自身を
積み上げて、築いていく機会が
損なわれてしまったのかもしれません。

何があったの?
あると信じていたものがなかったと
思い知らされるような出来事が、
抱えきれないような大きな絶望が、
とても小さな子供の頃にあったのかも
しれません。

被爆2世と言っているところにも
そのヒントがあるようにも思います。

そして、だけど、あなたがどれだけ
得て当然だったはずのものが得られていないと
感じていたとしても、
その理由で、他人を心理的に蹂躙しても良いという
ことにはならない。

そして、社会は優しいなあと思うんです。
この人の為に自分を犠牲にしていた(している)人たちは
やろうと思えばできるだろうけど、
そこまで追い詰めてはいない。

スキャンダルとして、大きく報道されたけれど、
エンターテイメントとして消費されただけの
ようにも思う。

後は、本人次第。

人生は、もうそろそろお腹見せちゃいなよって
言ってくれているようにも思います。
楽になるよと。

あなたは、空っぽじゃないよと。

全編、写っていたのは、フェイク。
確かに、実存を捉えているから、
フェイクを写し取ったドキュメンタリーだったと言えるかも。

嘘というのは、映像の方が
よく伝わってくるものかもしれません。
私の身体は、心地悪さをずっと受け取っていました。

もちろん、本編中も、監督も、
彼がフェイクだとも、そうじゃないとも
言ってはいません。

だから、ここに書いた私の感想や考えは、
もちろん、あくまで私の解釈です。
ご本人には失礼ながら、映画の感想として、
書かせていただいています。

そして、私は、改めて、
人の思いの力に畏怖します。
同時に、これだけのパワーを
別の質へ変容させる可能性をも、感じるんです。

それは、彼が自分自身と出会ったら、起こります。
自分自身を抱きしめたら、起こります。

その為に、人生は時々、大きな事件を
起こしてくれます。

自分自身と出会わざるをえない人生の時間帯を
もたらしてくれます。

やさしい、友達です。

そして、それは、自分自身の中に確かにある
健全さです。




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by masumihug | 2016-07-13 00:29 | 所感

嘘をつくのがデフォルトで備わってる人。


こちらも気づくのにちょっと時間がかかる。

そして、最初から実はなんとなく、うん?や、あれ?がある。

だけど、この人いい人だから、って、そのうん?や、あれ?を打ち消して、

そんなこと感じてる自分に「ダメだよ、人を疑っちゃ。」なんて思って、

信じてみようとする。


だけど、信じてみようとさせられること自体、おかしいのかもしれない。


そして、嘘は、たいていバレる。


余りに、意味のない嘘で、最初はとても信じ難いが、

その人にとっては、自分のイメージを保つ為に絶対に必要なものなのだと分かる。


それがもし、ほんの少しでもほころびたら、

堤防が決壊するような気がするのでしょうね。


こちらは、多分、通り過ぎられるくらいのこと。

なんだけど、恐らく、あなたは、もう会えないくらいに思うのでしょうか。


しかし、堤防が決壊することで、流れ出すのは、なんだろうか。


そもそも、流れ出そうとしているあなたの液体。

あなたという有機体。

あなたは、自分という有機体を形作ること、

かたどっていることが出来たないのです。


ひとまとまりに、自分を維持しておけないほど、自分がないのです。


あちこちおさまえておかないと、

あちこちから、水漏れするような、感覚でしょうか。


それは、疲れるよね。


自分を形作る、その最初のところで、つまづいたんだね。

それは、辛かったね。

その状態で生きていくのは、過酷だったね。


そして、それは、今からでも取り組める。

一番最初にすることは、気づくこと。

自分の仕組みに気づくこと。自分の嘘に。


あなたは、他人に嘘をつくが、

一番先に自分に嘘をついている。


自分についてる嘘が、

自分をどれだけ傷めているか知らなくちゃいけない。


小さな嘘が、その度血管を傷つけること。


それに気づいたら、すべてが逆回転し始めます。


ホメオスタシスが、周り始める。

身体の健康、精神の健康、

同じ仕組み。



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by masumihug | 2016-04-12 23:39 | 個人セッション

会社を辞めた理由

今頃になって、
会社を辞めた理由がはっきりと分かった。
くっきりと言語化出来た。

私は、四六時中、愛を込めたかったんだ。
と、分かった。

辞める頃、感じていたのは、自分の無責任な姿勢だった。
そこにもう我慢ができなくなっていた。
よくそう言っていた。

裏を返せば、愛を込めたくて込めたくて、でも、込めがいがなくて、
苦しかったんだ。

自分の愛が込められてないモノには責任取れない。
責任を持ちたかった。
多分、生きることに。

会社が悪いのではないし、そこにいた私が悪いのでもないし、
ある時期は両者の関係が成り立っていたし。

でも、もうその時期は終わっていたって事が分かっていたのに、
自分は自分を騙して、そこにいた。辞めてしまったら、いよいよ
自分の人生を生きることにな
言葉にはならずとも分かっていたから怖かったんだ。

私の自我は、生活どうするんだ?と脅迫していた。

ある日、瞑想をしていて、物凄い多幸感に包まれたことがあった。
あぁ、これが愛なんだと感じた。根拠はないが、解った。
強烈で、そして、優しかった。

ここが、私が帰ってくる場所だとはっきりとわかった。
基準点だ。

その日の瞑想は、とても自由だった。
したことは、自分の気持ち良さ、心地良さを追っかけていくだけだった。
自然に涙が溢れて、自分がここに存在していることをただよろこんでいた。

それまで、瞑想をしても、なにをしても、何処を目指せば良いのか
多分分かってなかったのだと知った。

愛って、これか。。。
初めて知った。と思った。

愛する、愛される、の対象のある、それとは、違う。
自分自身がソレという感じ。

これが、基準点。
自分の愛の感じ。
戻ってくる場所。
Home
正気

ここから、何であれ、このスペースから発想したいと強烈に感じた。
その日から、加速した。

愛と責任は、表裏一体。

そして、一旦、そうなると、そっちの世界は、愛の込め大会だった。
皆、本当に愛を込め表現していた。
私は、足りないと感じた。私の込め方じゃ。
もっと込めていいんだ。

クリエイティビティとは愛のスペースから発想されるモノなんだと分かった。
毎日毎日やっていて強化される。やがて、それがフツーになっていく。みたい。

今、私が幸せなの、わかった。

今、愛しか込められるモノない。
だから、幸せなんだ。

その練習を、ひたすらしているし、もっとしたいの。
そういうことだったんだ。

私は、朝から晩まで愛を込めたかった。だから、辞めたんだね。
会社員だった頃、感じていたのは、
会社では愛を込めてはいけないと自分で自分を制限する苦しさだったんだ。

ある時から、愛を込めない、と決めていた。

このままじゃなくなってしまうと感じていたから。
搾り取られると感じていた。

だから、必要最小限のコトだけにしようとしていた。
片足だけにしようと決めていた。

でも、その一方で、人間として、愛を込めたくて、込めなきゃ死にそうだったんだね。
人って、そういうふうに出来ているから。

先日、会社員の友人と話をしていて自分のことを思い出した。
そして、急に気づいた。その核心の部分に気づいた。
そして、今の自分が、いつの間にか、愛を込めるか込めないかの選択など
どこかへ飛んでしまっていることに気がついた。

『経済的なこと』は、こういう場合の自我の常套句だ。

なにか、これは、自慢話し?のように聞こえてしまうかもしれない恐れが、
今、私、正直なところ感じているけど、そうじゃないよ。

会社を辞めたいと思っている人へ私が言いたいのは、
そのホントの思い、
自分の感覚をぐーっと追い詰めて行ってみてほしい。
自我が言うことには、一見説得力があるが、ホントにそうなの?
自分の願いの核心に触れてほしい。

『会社』を、もしかしたら、別の言葉に置き換えてもいいと思います。
あなたの、今、葛藤のあること。

人って、誰でも、愛を込めたくてしょうがない。
あなたの、その、ユニークで、ステキな愛の表現を、込めがいのある
ところで使ってね。

それを待っている人が、きっといるよ。

良かったら、『聞くセラピー』で、お手伝いをさせてください。





〜個人セッションでお会いしたいです〜

120分間、自分自身に最大の興味と関心を向ける
あなたのための時間です。
あなたがあなたと出会っていく時間になります。

 



いつも読んでくださり、ありがとうございます。
よかったらぽちっと↓ お願いします。
ありがとうございます。






by masumihug | 2012-01-27 07:24 | 私のこと

わたしを知って、わたしを生きる。神奈川県藤沢市にて、心理セラピーを行っています。ホームページこちらです。 https://kiku-therapy.jimdo.com/


by masumihug